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ルイズ達より遅れてラ・ロシェールに到着した三人は、ハーミットパープルを使って街の地図を念写し、ジョセフを媒介に主人であるルイズの居場所を探し出した。 今夜の宿はラ・ロシェールで一番上等な『女神の杵』亭だった。一階が酒場で二回が宿屋になっている、ハルケギニアではオーソドックスな作りの宿屋である。 街で一番上等であるということは貴族相手の商売をしているということと同義語であり、それに見合った豪華な作りをしていた。 テーブルからして床と同じ一枚岩を削り出したもので、顔が映り込むほどピカピカに磨き上げられおり、着席するだけでも相当な金額がかかると判る代物だった。 幾つもあるテーブルの中で一番入り口に近いテーブルには、ルイズとワルドとギーシュが数本のワインボトルと上等な食事の皿を並べて適当に食事を始めていた。 「おうすまんの、何とか腰は直したから後はどーでもなる。心配かけちまったの」 いけしゃあしゃあと言い切りつつ、ジョセフは遠慮なく空いた椅子に座り手ずからボトルを取り、ワインをグラスに注いでいく。 「一つ残念な知らせがある」 ナイフとフォークでローストチキンを切り分けながら、ワルドが困り顔を隠さずに言う。 「アルビオンに渡る船は明後日にならないと出ないそうだ」 「急ぎの任務なのに……」 ルイズは不機嫌を隠さずに眉根を寄せた。 疲労で食欲も減退している他の面々をさておいて、ジョセフとタバサは構わずワインで食事を流し込んでいく健啖家っぷりを披露する。 その中で聞いたことは、アルビオンがラ・ロシェールに近付く月の重なる夜、『スヴェル』の月夜が明後日の為、船を出すには明後日でないといけない、ということだった。 だがジョセフは(それならしょうがないよなァ。明日はゆっくり骨休みするか)と他人事のように気楽に考えていた。 程無くして皿から食事が(主にジョセフとタバサの)胃袋に移動しきった頃、ワルドが鍵束を机の上に置いた。 「それぞれ相部屋を取った。組み合わせはキュルケとタバサ、ジョセフとギーシュ」 機嫌よく食事を終えたジョセフの顔が、先程の食事で出てきたはしばみ草のサラダを食べた時の様な微妙な表情に変化した。ジョセフは次の言葉が読めたが、死んでもその言葉を口に出したくはなかった。 「僕とルイズは同室だ」 だが予想していた通りの言葉がワルドの口から聞こえた。 その言葉に、ルイズが驚きに見開いた目でワルドを見た。 「そんな、ダメよ! 幾ら婚約してるからって、まだ私達は結婚してるわけじゃないのよ!」 「そりゃそうじゃろ。主人と使い魔が同室のほうが角が立たんのじゃないのか?」 常識的で良識的な意見を二人からぶつけられるが、ワルドは首を振ってルイズを見た。 「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」 「だからって同じ部屋で寝起きする必要がどこにあるっつーんじゃ。二人きりで話すのと一緒の部屋で寝るのには何の関係もないじゃろ。婚前交渉は貴族の文化と言うわけじゃないわな」 ジョセフにワルドの意見を聞き入れなければならない理由はない。むしろ疑念がほぼ確信に近い現状では積極的に何でも反対したいとすら思っているが、それをさておいても、(こいつはホント何言っとるんじゃ)というワルドの発言である。 「話する間は二人きりで話しゃいい。寝る時はルイズとわし、アンタとギーシュの組み合わせで泊まればいいだろう。な?」 と、ルイズに同意を求める。 「あ……うん、そうね。私も、その方が……」 余りの事で困惑していたルイズが、ジョセフの出した助け舟にあっさりと乗り込んだ。 ギーシュも憧れのグリフォン隊隊長と同室することに不満もない様子だし、キュルケとタバサも口を端挟もうともせずワインを味わっていた。 「……ではそうしよう。ルイズ、すまないが部屋に来てくれ」 多数決に敗れたワルドは、それ以上反論も出来ずジョセフの提案を呑まざるを得なかった。鍵束から一つの鍵を抜き取ると、ルイズに目配せをする。 「ええ、じゃあ」 二人で話をするだけ、ということならばルイズに反対する理由はない。ルイズはワルドの後ろに付いて歩いていく。二人が階段を上がっていくのを見届けると、ジョセフは大きく欠伸をした。 「かァーッ、一日中馬に乗りつめじゃったから眠くてしょうがないわいッ。ギーシュ、とっとと部屋に行くぞッ」 「ぁー、僕は後で行くよ。もうちょっと飲んでから行くから部屋番号だけ見ておく」 どうにもわざとらしい、とジョセフをよく知る三人は思った。ジョセフはルイズを目に入れても痛くないほど可愛がっているのは最早説明するまでもない。悪い虫が付いたのだからそれは機嫌が悪いだろうとはさほど考えなくても判る。それは判るのだが。 (いい年して子供っぽい)と少年少女達に思われてるのにも気付かず、ジョセフは鍵束から鍵を取って足音も荒く階段を上がっていく。 ジョセフの後姿を見送った三人は、とりあえずワインボトルをもう一本注文した。 部屋に入ったジョセフに、デルフリンガーが声を掛ける。 「くっくっく、おじいちゃんはご機嫌ナナメってーやつだぁな」 「うるさいわいッ」 「で? どうすんだい? 俺っちの相棒サマは色んな方法で二人の話を盗み聞き出来るよなァ。波紋使って壁に張り付いて窓から盗み聞きだって出来るし、ハーミットパープル使えば自分の身体を媒介に娘っ子の心を読んだりも出来るわーな?」 「やかましいわいッ!」 デルフリンガーの言葉に、ジョセフは力を込めて剣を鞘に収めると乱暴に投げ捨てた。 やろうと思えばデルフリンガーの言った通りの方法で幾らでも盗み聞きは出来る。だがそんな情けない真似をジョセフ・ジョースターがやれると言うのか。例え相手が信用ならないどころか疑わしさ丸出しな男だとしても、それとこれとは話が違う。 それなりに上等なベッドに寝転がり、久方ぶりの柔らかい寝床にやや慣れないと感じてしまった感覚に苦笑することもなく、ただ不機嫌な顔を隠さず横になっているだけだった。 ワルドとの二人きりの話を終えたルイズは何となく一人になりたくなり、宿の中庭で所在無さげに壁に凭れ掛かって月を見上げていた。 今回の任務のこと。ジョセフが伝説の使い魔『ガンダールヴ』だということ。ガンダールヴを召喚した自分は偉大なメイジになれると断言されたこと。 ――ワルドからのプロポーズ。 一昨日には考える由もなかった事柄達がルイズの胸を締め付けてきた。 アンリエッタの友人であるルイズは、肌身離さず持っている密書の最後に何かを書き加えた時の彼女の表情がどんな類のものなのかは、判りすぎるほどに判る。しかもその相手は戦争の只中にいる。 ジョセフが始祖ブリミルの用いた伝説の使い魔『ガンダールヴ』だという話をワルドから聞かされたのもそうだ。そんな伝説の使い魔がどうしておちこぼれの自分に召喚出来たと言うのだろう。 そもそもガンダールヴでないとしても、ジョセフが自分の使い魔だという時点で満足している節がルイズにはあった。ちょっと調子に乗りやすいしスケベだけれど、嫌いだとは思っていない。むしろ好感を抱いていると言って差し支えない。 そんなジョセフを使い魔にしたまま、果たして自分はワルドのプロポーズを受け入れることが出来るのだろうか――と考えて、それは出来ない、と思うしかなかった。 ジョセフは孫までいる妻帯者で、自分より50歳も年上の老人だということは重々承知している。周りは囃し立てるが、主従揃って『それはない』と声を合わせたものだ。 でも、ジョセフを側に置いたまま、ワルドと共に始祖ブリミルに永遠の愛は誓えない。恋慕や愛ではないはずなのに、どうして憧れの人だったワルドの求婚を受け入れることが出来ないのか。そこに至る計算式が判らないのに、答えだけが最初から記されていたようなものだ。 もしジョセフに暇を出せば、彼はどこでも上手にやっていくだろう。平民として召喚された異世界の学院でも、とんでもない適応力で居場所を築けたジョセフだ。下町だろうと、王城だろうと、どこでも、誰とでも、上手くやっていけるだろう。 そんなのやだ、とルイズは思った。自分の知らない場所で自分の知らない誰かと仲良く楽しく暮らしているジョセフを考えると、何かもやもやした感情がルイズの中を満たしてしまう。 でも、とルイズは思った。もしかしなくても、ジョセフはこんなおちこぼれメイジの使い魔なんかやっているよりも、もっと別の事をやらせた方がいいのかもしれない。でも、『それはやだ』と、心が叫ぶ。 ワルドは10年前のように、あの頃のように、優しくて凛々しくて。憧れの人なのに。そんなワルドに結婚してくれと言われて、嬉しくないはずがないのに。……でも。 中庭で思い浮かべたのはワルドよりもジョセフの方が時間が長い、ということに、まだルイズは気付いていなかった。 To Be Contined → 29 戻る
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咆哮! 貴族の誇りと黄金の精神 その③ 承太郎は……ルイズの胸よりぺちゃんこになって死んだ……。 揺ぎ無い事実がルイズの精神を追い詰める。 承太郎は『ルイズより強い』……しかし『ルイズの使い魔』なのだ……。 だから『承太郎がルイズを守る』事が当然であるように、『ルイズが承太郎を守る』事もまた当然なのであった。 だが結局ルイズは承太郎に一方的に守られるばかりで、破壊の杖を盗み出された時同様足手まといでしかなく、その挙句――その挙句――挙句の果て――…………。 「ジョー……タロ……」 膝が砕けその場にへたり込むルイズ。 絶望感が足元から這い上がってきて、心身を冷たくさせる。 何もかも終わってしまったようにルイズには思えた。 何も、かも。 だが。 ――……やれやれ。どうやら貴族を名乗る『資格』だけは持っているようだな。 承太郎の言葉を思い出す。承太郎が認めてくれたものを思い出す。 承太郎は自分の何を認めてくれたのだろう? それは――。 「私は……敵に後ろを見せない。なぜなら、私は貴族だから!」 立ち上がり破壊の杖を抱きしめ己の杖を抜く。 破壊の杖が使えないのなら、失敗魔法の爆発を撃ち込むのみ。 何度でも何度でも、ゴーレムを破壊できるまで。 ルーンを唱える。 目いっぱいの魔力を込める。 そしてルイズは解き放つ。 「ジョータロー!」 なぜ、彼の名を叫んだのかルイズにも解らなかった。 彼の名を呼ぶ事に意味があるのか無いのか。 それでも叫ばずにはいられなかった。 ルイズの中の何かが突き動かした。 爆発がゴーレムの鉄の足を襲う。 しかし、傷ひとつヒビひとつ入らない。 それでも、ルイズの心は折れなかった。 そしてこれから起こる出来事を! ルイズは『起こるべくして起こった出来事』として受け止めたッ!! 最初の異変はどちらだったか。 爆発を受けたゴーレムの足に、少しの間を置いてから突然ヒビが入った事だろうか。 それとも、ゴーレムの足の下……いや、中から聞こえる声と音だろうか。 ゴゴ……オ……オオ……。 「何か聞こえる」 タバサが呟いた。 オオ……オオ……オラ。 「遠くから聞こえるような……」 キュルケは耳を澄ました。 オラ……オラオラ……オラオラ。 「だんだん近づいてくる……!」 ルイズはこれから起こる事を一瞬たりとも見逃すまいと目を見開いた。 「こ……この声は!?」 森の中、木の陰に隠れながらフーケは驚愕した。 馬鹿なッ、この声はたった今踏み潰したはずの……! オラ……オラ。 オラ……オラオラ。 オラオラオラオラ。 「ルイズ! 伏せて!」 キュルケが叫び、そこでようやく冷静に物事を考える能力を取り戻したルイズは、慌てて巻き添えを食らわないよう地面に伏せた。 その直後、ゴーレムの鉄に錬金された足が内側から粉砕される。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」 鉄を破って出てきたのは見た事もない屈強な男。 肌の色は青く、黒い髪をなびかせ、筋肉の鎧を身にまとった古の戦士を思わせる男。 その男が、後から出てきた見覚えのある男の周囲を回りながら拳を連打する。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラオラオラオラオラオラオラ――――ッ!!」 空条承太郎のかたわらに立つ男の腕は、まさに承太郎が自分の身体から出していた『腕』そのもの! これが承太郎の真の能力。承太郎が出せるのは『腕』なんかじゃあないッ。 それはメイジにとっての使い魔の如き存在。 それはまさにクールでタフな承太郎の分身とも言える、屈強なる人型の精神力。スタンド! 「やれやれ。ま……確かに硬い鉄だがぶち壊してやったぜ……」 承太郎が勝ち誇ったように言った直後、鉄化した右の足首から先を完全粉砕されたゴーレムはバランスを崩して倒れた。 「ジョータロー! 無事だったのね!」 「ルイズ……手伝いな。『派手にキメる』ぜ……」 「任せなさいっ!」 ルイズは輝くような笑顔を見せ、再び杖を振るった。 承太郎もニヤリと笑ってぶっ倒れているゴーレムに肉薄する。 「うおおおッ! スタープラチナ!!」 即座に再生を開始していた足首を、承太郎のスタープラチナが再び殴り飛ばす。 「オラオラオラオラオラオラオラオラーッ!!」 足首からすね、すねから膝、膝から太もも、太ももから股間、股間から下腹部。 下から上へと削り取っていくかのような破壊の行進を続ける承太郎。 そして殴り飛ばされる土はすべて森の中へぶっ飛ぶ威力! 魔力の込められた土は次から次へと森の中へ消えていった! 承太郎の破壊活動を手伝うように、ルイズも呪文を詠唱する。 そして当然のように失敗魔法を放ち、ゴーレムの身体を次々と爆撃する。 スタープラチナの攻撃でヒビの入っていたため、ルイズの魔法でヒビが広がる。 そして崩壊。二人の連携プレイにより破壊速度が再生速度を圧倒的に上回る。 「チャンス」 上空から見ていたタバサが呟いて、承太郎の足跡にエア・ストームを放つ。 するとまだ残っていたゴーレムの土が、質量を大幅に失ったため竜巻に呑み込まれる。 そしてタバサもゴーレムの土を森の中へと吹き飛ばす。 「あらあら。ルイズまで活躍してるのに……私が活躍しない訳にはいかないじゃない」 キュルケもファイヤーボールで空中爆撃を開始する。 狙いはもちろん、承太郎の攻撃でヒビが入ってしまった部分。 ルイズの爆発とキュルケのファイヤーボールが同時に炸裂し、胴体を真っ二つに割った。 四人が一致団結して行った攻撃は、もはやあまりにも一方的すぎた。 土くれのフーケが作り出した自慢のゴーレムは、数分と持たず粉微塵にされる。 そこまでやられてはさすがにもう再生不能。 安全を確認したタバサはシルフィードを地面に着地させた。 「さすがダーリン! 無事でよかった!」 真っ先に行動を起こしたのはキュルケで、承太郎の腕にしがみつく。 続いてタバサが承太郎の前までやってきて、顔を見上げる。 「スタープラチナ……それがあの戦士の名前?」 「……まあな。見ての通り殴る蹴るしか能のねー能力だ」 「でも強力」 寡黙同士の会話最長記録樹立の瞬間であった。 といっても二人とも元々ろくすっぽに話す機会など無かったが。 キュルケとタバサに囲まれた承太郎を見て、ルイズはちょっとムッときた。 多分、独占欲のせい。自分の使い魔だから、他のメイジと親しくして欲しくないような。 でも相手がギーシュだったら、どうだろう、とも思ってしまう。 ちょっと前なら、あんな最低最悪な貴族の風上にも置けない男と一緒にいると、ヴァリエール家の使い魔としての品が下がる……とか思ってたかもしれない。 でも今だと、多分、特に、嫌な感情を持てない気がする。 ギーシュだと大丈夫で、キュルケ達だと何かダメなのは、何でだろう? その理由を考えていると、ルイズ等の近くの茂みがガサガサと揺れた。 ルイズはハッとして破壊の杖を強く抱きしめて振り返った。 「誰ッ?」 土くれのフーケではないかという警戒心がルイズとキュルケに杖を抜かせる。 承太郎は特に気にした様子を見せず、のん気にタバコを取り出して火を点けた。 タバサはタバコの煙に少し眉をしかめたが、承太郎同様あまり動こうとしなかった。 「わ、わたくしです。ロングビルです」 出てきたのはミス・ロングビルだった。右手に杖を持って、笑顔を浮かべている。 あちこち擦り傷が見られるが結構大丈夫だったらしく、足取りもしっかりしてる。 「ミス・ロングビル! 無事だったんですね」 「心配かけてごめんなさい。それより、フーケのゴーレムはどうなりました?」 安堵の笑みを浮かべて杖を下ろしたルイズに、ミス・ロングビルが歩み寄る。 だが突如としてスタープラチナの腕が伸び、ロングビルの杖を奪いへし折った。 「キャッ!?」 混乱したミス・ロングビルはその場に尻餅をついてしまう。 そして地面についたミス・ロングビルの手の指と指の間に、へし折られて先端の尖った杖が物凄い勢いで投げつけられる。 「ちょ、ちょっと!? ジョータロー!?」 突然の暴挙にルイズが慌てて詰め寄ろうとするが、承太郎との間にタバサが杖を割り込ませて動きを制した。 「ちょっと、あんたまで何の真似よ? こいつはミス・ロングビルに失礼を働いたのよ?」 「フン! 承知の上の失礼だぜ。こいつはミス・ロングビルじゃあねえ。 今解った! 土くれのフーケは『こいつ』だ」 一拍の間。 「えぇーッ!?」 ルイズとキュルケが叫んだ。 「それは考えられないわジョータロー! 彼女はオールド・オスマンの秘書なのよ、身元ははっきりしているわ!」 「その通りよ! でも、タバサ、あなた驚いてないのね? 『まさか』なの?」 コクリとタバサがうなずく。 それを見て、キュルケはミス・ロングビル=フーケという図式の過程は解らずとも、その図式がほぼ間違いないだろう事を確信した。 ミス・ロングビルは――目を丸くし驚いた表情を見せつつ、冷や汗を浮かべている。 「……証拠はあるの? ジョータロー」 ルイズがいぶかしげに問うと、承太郎は静かに、しかし力強く答えた。 「ああ……あるぜ」
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虚無! 伝説の復活 その① 声がする。 「――! ――!!」 誰の声だろう。 「――様!」 誰に呼びかけているのかな。 「ギーシュ様! 目を覚ましてください!」 誰――。 ギーシュはゆっくりと瞼を開けた。疲労しきっているらしく、視界がぼやける。 「あっ……よかった、ご無事で……」 ぼやけた視界の中、誰かが泣いている。その涙が、ギーシュの唇に落ちた。 右手でそっと自分の唇を撫でて、ああ、あの水は夢でも幻でもなかったのかと理解する。 続いて自分の顔の上で泣いている彼女の涙を指で拭ってやる。 「やあ……シエスタ。草原を燃やしてしまってすまない……村は無事かい?」 「ええ! 無事です、みんな生きてます。ギーシュ様のおかげです!」 「そうか……」 どうやら自分はシエスタに半身を抱き起こされているらしい。 首を横に向けてみると、自分達の周囲を火が包んでいた。 「シエスタ、逃げるんだ。このままでは君まで焼け死んでしまう」 しかしシエスタは首を横に振り、ギーシュの両脇に後ろから腕を入れ、引きずり始める。 意外と大きいシエスタの胸がギーシュの後頭部に触れるが、それどころではなかった。 「駄目だ、女の子一人の力じゃ……僕の事はいいから、早く逃げ……」 「ジョータローさんのお友達を! タルブの村を守ってくれた恩人を! 平民の私とお友達になってくれたギーシュ様を、見捨てるなんてできません!」 頑としてギーシュを放そうとしないシエスタ。 火はますます強まり、煙が二人を包み始める。 「ゴホッ、ゴホッ……」 「し、シエスタ……もう、いいから……!」 「い、嫌です。死んじゃったら、もう会えないんですよ!」 煙が目に沁みて涙が出てくる。とても目を開けていられず、シエスタは転びかけた。 「キャッ!」 だが、そんな彼女を後ろから誰かが支える。 「大丈夫か、シエスタ!」 「えっ、お、お父さん!?」 煙で痛む目で何度もまばたきしながら、シエスタは振り返って父の姿を見た。 そして、父だけじゃない、タルブの村のみんなが向かってきている。 「あそこだ! シエスタと貴族様はあそこにいるぞ、早く助けるんだー!」 「火を消せ! 水をかけろ! 土をかけろ!」 「貴族様が怪我をしちまってる! 手当てだ、薬草と包帯の用意をさせろ!」 「火の周りの草を刈っちまえ! そうすりゃ火は広がらねえ! 農具をもってこい!」 何人もの無力な平民の村人が、力を合わせてギーシュを助けようとしている。 兵隊が逃げ出すような恐ろしいゴーレムを相手に、 たった一人で立ち向かった少年のメイジの姿に彼等は心を打たれていた。 だから、シエスタがギーシュを助けるために森から飛び出した後、 敵兵や草原の火事に恐怖しながらも、シエスタの父が村人に奮いをかけたのだ。 後はもう雪崩のように村の大人達がギーシュとシエスタの救助に向かった。 「貴族様、大丈夫ですか!?」 ギーシュはシエスタの父に背負われ、シエスタも父に寄り添って避難しているのを見ると、 ようやく安堵を感じて微笑む事ができた。 「……ありがとう」 「こちらこそ、村を守ってくれた貴族様にお礼を言いたいくらいでさ」 「僕が君達の恩人であるならば……君達も僕の恩人だ」 「き、貴族様にそこまで言っていただけるたあ……何だか無性に照れちまいます」 ギーシュと父の会話を聞いて、シエスタはとても嬉しくなった。 ついこの間まで、貴族と平民には決して越えられない壁があると信じていた。 けれどそれを承太郎が打ち破って、貴族の典型だったギーシュも態度を変えて。 同じ人間なのだから、解り合える、助け合える。 それはとても画期的な発想で、それはとても素敵なものに思えた。 そして――シエスタは空を見上げた。 日食が進む中、竜の羽衣と二匹の風竜が飛び回っている。 さらにレキシントン号が竜の羽衣目掛けて砲撃しているようだ。 「ジョータローさん……ギーシュ様はご無事です。だから、だから貴方も……!」 すでに錨を上げたレキシントン号は、後甲板を爆発させられた事に激怒し、 必要以上に謎の竜――ゼロ戦を狙い撃っていた。 いかに承太郎でも、ゼロ戦の中ではスタープラチナの能力を生かせない。 せいぜいガンダールヴの能力で得た情報を元にゼロ戦を精密操作する程度だ。 砲弾や魔法は回避できる。だが反撃はできない。逃げ回るだけだ。 シルフィードの上からタバサとキュルケが風と火の魔法で援護するが、 レキシントン号の相手はさすがに無理だし、 ワルドの操る風竜に当てるのも至難の業だった。 そして刻一刻と日食は進んでいる。このままではジリ貧だ。 「ジョータロー! 破壊の杖を持ってきてるんでしょ? それを使って何とかできないの!?」 「もう使っちまった。こいつも銃の一種、弾が切れちまったら役に立たねー」 「じゃあどうす――」 「しっかり掴まってろ!」 ワルドの放ったエア・スピアーが機体をかすめ、ガクンと揺れる。 膝の上にルイズが座っているため、下手に旋回などをするとルイズが危ない。 そのため先程から承太郎は戦場でありながら安全運転をしいられていた。 「大丈夫か?」 「痛たたた……だ、大丈夫」 機体が揺れたショックで、ルイズは頭を風防にぶつけたらしかった。 涙目になりながら頭をさすっていると、承太郎の足元に始祖の祈祷書が落ちていると気づく。 さっきの衝撃で落としてしまったらしいが、この竜の羽衣を動かすには、 何か足も使って変なの踏んだりしないといけないっぽいし、 邪魔になってはいけない――と、ルイズは祈祷書を拾った。 白紙のはずの祈祷書に文字が浮かんでいた。 「……はえ?」 「ん? ハエがいるのか?」 ルイズの呟きを聞き、コックピット内を見回す承太郎。無論ハエなど一匹もいない。 「ちょ、ちょっとしばらく竜の羽衣を揺らさないで!」 慌ててルイズは祈祷書を確認する。間違いなく文字、古代のルーン文字だ。 勉強家のルイズはそれを読む事ができた。 序文。 これより我が知りし真理をこの書に記す。 この世のすべての物質は、小さな粒より為る。 四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。 その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。 「じょ、ジョータロー。その、祈祷書に何か書いてある」 「……何の事だ? 文字なんて見当たらねーが……」 「で、でも、確かに……」 ルイズは困惑した。だって何回見ても白紙だったのに、何でいきなり古代ルーン文字? しかも承太郎には見えない? どうして自分には見える? ルイズは恐る恐るページをめくったて文章を読み上げた。 神は我にさらなる力を与えられた。 四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒よりなる。 「って書いてあるんだけど……何の事かしら?」 それを聞いて承太郎は眉をひそめる。 「小さな粒? まさか原子や粒子の類か?」 「ゲンシ? リュウシ?」 「科学の話だ。だがそんな物が魔法の本に出てくるという事は……。 ルイズ、お前に文字が見えるんなら、それを全部読んでみろ。 口には出さなくていい、舌を噛まれると困るからな」 「う、うん」 何だかよく解らないが、とにかく読んでみよう。ルイズは始祖の祈祷書に視線を下ろした。 神が我に与えしその系統は、四のいずれにも属せず。 我が系統はさらなる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。 四にあらざれば零(ゼロ)。零すなわちこれ『虚無』。 我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん。 「虚無の……ええっ!? きょ、虚無の系統って書いてある!」 「そいつはたまげた。しかしガンダールヴも伝説の虚無の使い魔らしいからな。 ほれ、とっとと続きを読みな。お前がそれを読みきるまで、ゼロ戦は沈ませねー」 これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。 またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱うものは心せよ。 志半ばで倒れし我とその同胞のため、 異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。 『虚無』は強力なり。また、その詠唱は永きに渡り、多大な精神力を消耗する。 詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る。 従って我はこの書の読み手を選ぶ。 例え資格無き者が指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。 選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。 されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』 その後に続くルーン文字を見ながら、ルイズは全力で呆れた。 自分の右手の薬指に嵌められた水のルビーを見て、呟く。 「つまり――この指輪が無きゃ、宝の持ち腐れって事ね。 注意書きすら条件満たさないと読めないなんて、頭悪いんじゃないの?」 そして呆れがスッと引き、次に疑問と興奮が湧いてくる。 これってつまり、自分がその『虚無の担い手』って事なのだろうか? 昨晩承太郎とした話を思い出す。 伝説の虚無のメイジの自分と、伝説の虚無の使い魔のジョータロー。 とても素敵な夢に思えた。 でもそれは今、夢どころか、どうやら現実らしい。この始祖の祈祷書を信じるなら。 「……ジョータロー。祈祷書、読んだけど、どう説明したらいいか……」 「要点だけ掻い摘んで説明してみな」 「あー、その、祈祷書によれば、これを読めるのは、虚無の担い手だけなんだって。 つまり私は虚無の担い手で、その、初歩の初歩の初歩の虚無の魔法の詠唱が書いてある」 「ならさっそく詠唱を頼むぜ。注文があったら先に言いな」 「で、でも、私、一度も魔法成功してない……」 「サモン・サーヴァントは成功しただろう? せっかくだから虚無の魔法とやらも成功させちまいな。伝説の存在になれるぜ」 ルイズは思考を走らせ、何となく身体のうちから湧いてくる『確信』を掴み取る。 「……何とか、できると思う。ジョータロー! あの一番大きな戦艦に近づけて! 詠唱はすごく時間がかかるみたい。いつ発動できるか解らないから、よろしく!」 「アイアイサー。ちぃーとばかし無茶な注文だが、何とかしてみるか」 承太郎は機首をレキシントン号に向けた。 スタープラチナの目が、こちらに向けられる多数の砲門を確認する。 ルイズの詠唱の邪魔をしないよう無茶な回避はせず、 あの大量の砲門から発射される弾をすべて回避しながら、 追ってくるだろうワルドの魔法も回避しなくてはならない。 無茶な注文だ。だが、今の承太郎は不思議と無茶だと思っていなかった。 左手に刻まれたガンダールヴのルーンが光り輝く。 竜の羽衣がレキシントン号に向かうのを見て、ワルドは首を傾げた。 まさかレキシントン号に特攻でもかけるつもりだろうか? いや、あのガンダールヴなら一人で戦艦を制圧しかねない。 「させるものか」 ワルドは風竜をレキシントン号へ向けた。 竜の羽衣がレキシントン号に向かうのを見て、キュルケはヒステリックに叫んだ。 「ちょ、何考えてんのよ! 自殺する気!? タバサ、どうしよう!?」 「……あの機動力なら何とかなるかも。でも私達は無理、撃ち落とされる」 「だからって……黙って見ているなんてできないわ!」 「もちろん。だから、しっかり掴まってて」 「え?」 無理、撃ち落とされる。そう言ったタバサは、シルフィードをレキシントン号へと向けた。 竜の羽衣と二匹の風竜が近づいてきて、レキシントン号の乗組員達は困惑した。 だが何を企んでいようと、撃ち落とせば問題ない。すべての砲門が竜の羽衣を狙う。
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爆発音が響き終わり、呻き声や啜り泣きが取って代わる様になると、 リンゴォは再び教室に入った。 「念のために部屋から出たが…まさか『再び』爆破を起こすとはな……」 そこらに転がっている生徒たちを踏みつけないようにルイズの――見当たらないが―― 教壇の方に近づいていく。 昇りかけの魂があったので肉体へ押し戻してやると、どうやら息を吹き返したようだ。 「ゲホゴホッ! ペッペッ!」 ルイズを見つける。爆心地に居ただろうに、なんともしぶとい。 「大丈夫か?」 周りの人間と比べれば大丈夫だろうが、一応聞いてみる。 「大丈夫なわけないじゃないの! 全身ボロボロよ…」 「いったい何をした?」 「何って…ちょっと錬成に失敗しただけよ!」 「ちょっとか?」 「ちょっとよ!」 ある程度離れて座っていた連中はかろうじて軽傷、幸運なものは無傷ですんだが、 爆心地に近い者たちは…推して知るべし、といった感じだ。 いや、比較的前のほうに座っていたキュルケとタバサに怪我らしい怪我は無かった。 「けど…変ね…。今まではこんなデカイ爆炎なんて出なかったのに……」 むしろ脅威なのは炎よりも爆風である。錬成されるはずだった石が粉々に砕け、 その破片が超高速の風に乗って吹き付ける。死者が出なかっただけ幸運だ。危うく出かけたが。 ルイズに申し付けられたのは、教室の後片付け。魔法を使わずに、である。 彼女には意味の無い制限であるが、他の制限を考えている暇は教師たちには無かった。 後ろの方の生徒はだいたい軽傷で、午後からの授業に支障を来たすほどではなかったし、 怪我の酷かった生徒も再起不能というほどではなかった。 しかし、しばらくの間は医務室のメイジたちが総動員される事だろう。不眠不休で。 「それにしても、みんなが思ったより頑丈でよかったわ」 あの爆発で誰も死ななかった事にルイズは心から安堵する。 「魔法というのは、失敗するとあんな事になるのか?」 「いつもはあんな大爆発じゃないのよ、もうちょっとだけ小さいわ」 先ほどからの発言から察するに、ルイズは常習犯、という奴らしい。 そんなことを考えながら、リンゴォは床を掃いていた。 「…ところで、お前は掃除をしないのか?」 さっきからルイズは椅子に座ったままリンゴォの掃除を眺め、そして時々愚痴をこぼしている。 「どーしてわたしが掃除なんかしなきゃなんないのよ。主人の罪は使い魔の罪って言ってね。 そーゆーわけだからアンタがやりなさい」 「それならそれで構わないが……俺と一緒にここに居る意味は無いだろう…。 さっさと部屋に帰るなり何なりしたらどうだ……」 「…! な、何よ! ご御主人様が使い魔の仕事ぶりを見てやってるって言うのに! 使い魔の癖に! そーまで言うなら、一人でいつまでもやってるがいいわ! その代わり、サボったりしたら夕食も抜きよ! サボらなくても抜くけど!」 そう捨て台詞を吐くと、ルイズは出て行ってしまった。 それからしばらくの間リンゴォは一人で部屋の掃除をしていた。 あらかた掃除も終わったところで、ふと何者かの気配に気付く。 「あら…? あなた一人?」 授業前に出会った煽情的な女……名をなんと言ったか……。 「確か…タバサの隣に居た、キュルケとかいったか?」 「え? ええ、そうだけど……ルイズは居ないの?」 自分より先にタバサの名前が出た事がキュルケは引っかかったが、そこは流しておく。 「さぁな…。自分の部屋にでも帰ってるんじゃないのか?」 「へぇ…アレだけの爆発を起こしといて、随分のん気なものねぇ、ねぇ?」 「お前は平気なようだが……?」 「フフ…、『ゼロのルイズ』の爆発ごときに遅れをとる『微熱』のキュルケではなくてよ?」 実際はいち早く危険を察知したタバサに机の下に押し込まれただけである。 「その『ゼロ』とは何なのだ?」 「さっきの授業で分からなかったかしら? 魔法の成功率ゼロ! 逆に言えば失敗率100%、ワオ! すごいわね~」 ルイズの奴をからかいに来たのだが、このオッサンを相手にするのも悪くない。 そう思ったキュルケは、リンゴォにモーションをかけてみる。 「うふふ、にしてもアナタ、なかなかいい男じゃあないの。そのおヒゲもチャーミングだしね」 目の前の童貞君は『気になんかしてないぞ』って感じだが、そこもまたカワイイと言えなくもない。 「ルイズにはもったいないダンディね。あの子に飽きたらわたしの所にいらっしゃいな」 「魔法というのは失敗すると爆発するのか?」 「え? さあ、そういえばなんでなのかしらね。けど、爆発は成功とは言わないでしょう?」 キュルケはいたって平静に答えたがその心中では―― (この童貞が~~ッ、シカトぶっこいてくれやがって! リンゴォとやら、やりおるぜッ!) どうやら一筋縄でイク男ではなさそうだ、そう思いキュルケは一旦引く事にした。 「あら、そろそろ昼食の時間だわ。それじゃあね」 そしてまたリンゴォは一人教室に残される事となる。 ルイズは、鏡を見ながら考える。 わたしの使い魔は、リンゴォはよくやってくれている。 昨日呼び出したばかりだが、ルイズにはそれがなんとなくわかる。 命令には文句も言わず従ってくれるし、これからだって、背くことは無いだろう。 だが、決定的なことが一つ。 彼は、自分を見下している。眼中にない、とさえ言っていい。 その態度に対し、どんなにキツイ罰をくれてやっても、何も変わる事は無いだろう。 そしてアレは、自分に何一つ興味を示さぬまま、淡々と命令に従っていくであろう。 これからずっと。一生。永遠に。 ――気が、滅入る。 姉たちなら、一体どうするだろう? いや、そもそも姉たちなら平民なんか呼びはしない。 魔法が使えない、ヴァリエール家の、貴族の、落ちこぼれ。 それでいて、傲慢。自分でだって、わかっている。わかっているのだ。 鏡の反射する光が、今の惨めぶった自分の哀れさを全て露呈する。 なんのために生まれて、なにをして生きるのか? 答えられないなんて、そんなのはイヤだ―― 「ねぇ、あなた誰?」 唐突に、鏡に問いかける。無論返答はない。 ルイズは落ち込んだ時、時々こんな風に鏡に映る姿に問いかける。 恥ずかしくって家族にも言った事はないが。 鏡が何なのかを知らないほど自分はバカでもないし、これはマジックアイテムでもない。 それでもいつか、答えをくれる様な気がしたのだ。 何度も同じ質問を繰り返す。 強気に振舞ってはいたが、使い魔の視線は虚勢の壁をものとはしない。 やがて鏡に質問するのも飽きてくる。 ひどく夢遊病のような顔をしてる自分の溜息が部屋を支配する。 随分とひどく落ち込んでいるように見えるが、 その心境は母親にベッドの下の本を整理されている事に気付いた時を想像して貰えばよい。 あるいは看守にマスターベーションを見られた時か。 ……落ち込むどころか、自殺一歩手前である。 しかし、貴族とはポジティブシンキングの生き物である。 こんな事でへこたれては、生きていけない。 魔法だってゼロだからこそ、必死で努力してきた。 使い魔など物の数ではない。調教の楽しみが増えるというものだ。 人生とは成長の価値だ。 失敗のない人生とは、失敗した人生だ。 もっとも、今のルイズはそこまでの境地に辿り着ける貴族ではない。 せいぜいルイズが考えた事といえば、 (ま、アイツのおかげでこうしてさっさと着替えられたと言えなくもないけど……。 …ハッ! まさかアイツ、その為にわざとあんな事……。な、何よ、つまりアレ? 『ツンデレ』って奴? つつ使い魔の癖にツンデレなんて生意気ね! 御主人様を差し置いて! け、けどまあ、その努力に免じて、夕食抜きは勘弁してやってもいいかもね!) 無論、リンゴォの発言はただルイズが鬱陶しかったからのものである。 ポジティブシンキングというのは行き過ぎると、タチの悪い現実逃避にしかならない。 馬鹿が羨ましいと言われるのは、つまりはこうゆう由縁からである。 憂鬱さも巡り巡って『ま、別にいっかなー』などと考えていた時―― 「ルイズー? 居るの? ルイズ?」 「(ルイズ…? ああ、そうだった)何よキュルケ、一体何の用?」 ドアを開ける。キュルケと、タバサも一緒だ。 「何の用、じゃないわよ。アンタの使い魔の話よ」 せっかく人が気分を切り替えようとしているところに、なんてことを言うのだこの女は。 「リンゴォがギーシュと決闘するのよ!」 「ハァ!?」 一瞬で気分が切り替わった。
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前ページ次ページゼロの天使 魔法学園に戻ったミトスはルイズの部屋に一番近い所にある木陰に身を寄せ、これからの事を考えた。 (元の世界に戻る・・・気にはならないな) 自分が消えた以上ロイド達はすぐに大樹を蘇らせるだろう、そうなれば大樹の種子と融したマーテルは消え去る。 姉さんの居ない世界で何かをする気は・・正直おきなかった。 「気になるのはどうして僕がこの世界に呼び出されたのか・・」 そう言ってミトスは自分をこの世界に呼び出した少女の部屋に目線を送る。 ルイズの話では使い魔はこの世界の生物が呼び出されるのだと言う。 そうなると別世界から呼び出された自分は全くのイレギュラーな存在と言うことに成る。 自分の左手をかざすとルイズに刻まれたルーン文字が薄っすらと浮かんでいる。 ルイズから施された使い魔のルーンは本来動物用なのだろう、ルイズに対して親しみのような感情こそ有るが、拘束力としては弱いし人間の寿命など精精70年程度だ。 (僕がこの世界に呼ばれたのはただの偶然か、それとも何か意味が有る事なのか、どちらにせよ今はルイズの使い魔を続けるのが利口かな・・) ミトスは軽く背伸びをすると、そういえば自分一人で野宿するのは初めてだった事に今更ながら気が付き目を閉じた。 朝になりルイズの部屋に行く、昨日言われた通りドアをノックするがいつまで立っても返事が無いので、中に入るとルイズはまだベッドの中で気持ちよさそうに寝ていた。 「ルイズ、朝だよ」 「うぅ~~~ん後5分~~、スースー」 後5分で起きる生命体は絶対に居ないので今度は布団を引っぺがす。 「ふにゃ…!なに?なにごと!」 突然の出来事に戸惑うルイズは寝ぼけた頭で周りを見渡す 「ふにゃ~アンタだれ~~」 「朝だよ、ルイズ」 次第にクリアになる頭でルイズは昨日の事を思い出す。 ( そ、そうだ昨日エルフを使い魔として呼び出したんだ ) 昨日のやり取りを思い出したルイズは取りあえず使い魔のエルフに命令してみる 「服と下着」 「下着の場所は?」 「一番下の引き出し」 自分の命令に素直に従うミトスを見て気分を良くしたルイズは服を着せるよう命令してみる。 これにはミトスも少し戸惑ったが慣れない手付きでなんとかルイズを着替えさせる。 (よーし♪よし!ちゃんと私の言うこと聞てる、次は~) グ~~~~~!! ルイズのお腹から大きな音がする 「・・・・・・・・・」 「・・・・・な、何よ!着替えが終わったら朝食に行くわよ!」 顔を真っ赤にしたルイズは自分が昨日から何も食べていない事に気が付き部屋の扉を開けた。 「あら。おはよう、ルイズ。」 朝から嫌な奴に会った。ルイズが扉を開けたちょうどその時、同じように扉を開けて燃えるような赤い髪の女の子が出てきた。 「おはよう、キュルケ」 事務的な挨拶を返す 「ふ~ん、貴方が昨日召還されたって言うエルフね~」 キュルケは値踏みをする様にミトスを見る。 「そ、そうよ!私の使い魔はエルフなんだから!貴方のサラマンダーなんか足元にも及ばないわ!」 ルイズはキュルケの足元で控えているサラマンダーを指差す。 「ふーん、でも貴方本当にエルフなの~?」 意に介した様子も無く逆にキュルケは疑いの眼差しをミトスに向ける。 実はハーフエルフなミトスだったが自分の外見はエルフと大差ないので髪をかきあげ、エルフの証である尖った耳を見せる。 「ふ~ん、確かにエルフみたいだけど召還したのが「ゼロのルイズ」じゃねー」 キュルケは小馬鹿にしたような口調でルイズの顔を覗きこむ。 「な、なにが言いたいのよ!」 「言葉どおりよ、ゼロの貴方の所にエルフが来るなんて可笑しいもの」 (カチーン!) ルイズの中で何かが切れた。 「な、なななな何よ!貴方の使い魔だって大方、雌を漁りすぎて故郷に居られなくなったから仕方なく此処に来たんじゃないの?誰かさんと同じで」 このルイズの暴言にキュルケもカチーンときた。 「言ったわね!ゼロのルイズ!」 「何よ!この色魔!」 般若面も核やと言う形相で二人はにらみ合う 「フレイム!やっておしまい!」 「ミトス!こいつら、ぶっ飛ばし・・・アレ?」 気が付くとさっきまで隣にいた使い魔がいない。何処に行ったのかと首を傾けると自分の使い魔は在ろう事かキュルケのサラマンダーと遊んでいた。 「あはは、人懐こいなーオマエ」 「キゥルルルルルルル♪」 頭を撫でられたフレイムは嬉しそうな声をあげる。 「ミトス!あんたツェルプストーの使い魔なんかと何じゃれあってるのよ!」 「ふ~ん、フレイムがあたし以外に懐くなんて・・・」 主としては少し複雑だったが楽しそうな使い魔達を見て興がそがれたのかキュルケとルイズはその場を収める事にした。 「じゃあね~ルイズまた後で」 そう言うとキュルケはフレイムを伴って立ち去る。 去り際にミトスとフレイムが互いの顔を合わせ、軽くウィンクしていた。 (使い魔はたいへんだ・・・) 前ページ次ページゼロの天使
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「おい」 何よ。 「起きろ」 眠いわ。 「起きなさいよ」 昨日ほとんど徹夜だったじゃない。 「起きる」 ああもう…… 「あ、おはよう」 なんだか腰が痛いわ。 「よく眠れたかしら、ヴァリエール」 「なな、なんでキュルケがこんなところにいるのよ」 「ルイズオメー永久に寝てた方がよかったんじゃねえの」 「何訳わかんないこといってるのよ」 あ、 「ちょ、ちょっとした冗談よ、そろそろフーケの潜伏地点かしら?あはははは」 「「「……」」」 「大物」 「ここからは、徒歩で行きましょう」 ミス・ロングビルがそういって、全員が馬車から降りた。 うっそうとした森が広がっている。 「なんか、暗くて怖いわ……幽霊でも出そうじゃない?」 キュルケが凄くうそ臭い調子で呟いた。 「冗談でもやめて」 「やめろ俺で草を 枝を切るなあー」 「仕方ねーだろお、他に誰も武器もってきてねーんだからよお。文句ならフーケかロングビルに言え」 「なら魔法で何とかしてくれぇー、ウゲッ蟲の体液が刃にいい」 「魔法で無理に道とか開けたら気づかれちゃうわよ」 「そんなああああ」 「おあ?」 いきなり一行の視界が広がった。 かなりの広さが整地してあり、真ん中に廃屋、というか山小屋が建っている。 五人は小屋の中から見えないように、森の茂みに身を隠したままそれを見つめた。 「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるという話です」 ミス・ロングビルが廃屋を指差して言った。 人が住んでいる気配は全くない。やはり奇襲が一番だろうか? 「なあー」 セッコが何か思いついたらしい。 「その[破壊の杖]って、頑丈なもんなのか?」 ミス・ロングビルが答えた。 「秘宝ならスクウェアの固定化がされてるとは思いますが、それが何か?」 「ならよお、ここから全員で魔法かましてフーケごと消し炭にしようぜぇー」 ミス・ロングビルがひどく慌てて答える。 「フーケを殺すより、秘宝回収の方が優先なのでそれはちょっと」 「うー」 非常に不満そうだ。まあそうだろう、実際ドアから家の中に入るのは危険としか言いようがない。 ああ、そうだ。そうしよう。 「シルフィードで屋根を破壊して奇襲する」 「名案ね」 「そりゃーいいな。で、何人乗れるんだ?」 「3人」 結局、ルイズとミス・ロングビルを見張りに残して屋根を破ることになった。 「エア・カッター!」 上空から柱を切り裂く。 「今だぜえシルフィードォー!」 「きゅいきゅい!」 ドラゴンの爪が既に家からずれかけている屋根を横薙ぎに弾き飛ばした。 「あら、誰もいないわよ?」 キュルケが素っ頓狂な声を上げる。 「ロングビルもあんま信用できねーなあ」 「きゅ!」 それは、あまりに不自然で。 部屋の真ん中に堂々と置いてあった。 「破壊の杖……」 「あら、ほんとね」 「はあ?」 セッコが不思議な顔でこっちを見た。 「これはさすがに杖じゃねーだろぉ。バズーカ砲か?」 キュルケが答える。 「いや、これよ。宝物庫内を見せてもらったことがあるから間違いないわ。て言うかばずーかって何よ」 「説明は難しい、そもそもオレも詳しいわけじゃねー」 「じゃあ遠慮しとくわ」 「まー、フーケが来てもこれ撃てば楽勝だと思うぜえ」 そう言ってセッコが破壊の杖を掴み上げる。 と、使い魔のルーンが輝きはじめた。武器と親和するのだろうか? 「おああ、こりゃ駄目だあ」 セッコが心なしかがっかりしている。 「弾が入ってねえ」 弾? 「説明して」 「仕方ねーなあ、無駄に左手の力使うとなんか気分が悪くなるんだけどよお」 ルーン文字が更に光を強める。 「これは[SRAWプレデター]つーここじゃねえ世界の武器だ」 キュルケが口を挟んだ。 「杖じゃないっぽいのは理解したわ。けどダメってどういうこと?」 「これは、本来弾とセットなんだけどなあ」 「何か詰めて撃てばいいんじゃないの?」 キュルケが珍しく正当な質問をしている。 「いや、どちらかというとなあ、この武器は弾の方が本体なんだ」 「は?」 さすがに驚いた。 「こっち側はただの頑丈な筒だあ。まあ棍棒として使えば強えーかもしれねーけどよお」 「……」 「高い命中精度も。家も戦車もぶち壊す破壊力も。 起動に魔法がいらないのも。全部弾の方の能力だ」 ようやく、オスマン長老の不自然な落ち着きが理解できてしまった。 戻ったら絶対問い詰めてやる。 「どうせあのヒゲジジイは弾の方を、別の名前で保管してんじゃねえの? フーケもいねーし、これもってかえろーぜえ」 実にダルそうにセッコは[破壊の杖]もとい筒をシルフィードの背中に積んだ。 その頃、周辺警戒という名の置いてきぼりを食らったルイズは困っていた。 「ああもう、一人で小屋に近づくわけに行かないし、ミス・ロングビルは何処かに行っちゃうし……」 結局、遠くから小屋をボーっと見張ることしかできないのだった。 セッコもセッコよ、ああいうときは普通主人を立てるべきじゃないの、使い魔的に。 しかも妙にタバサに懐いてるし、キュルケじゃないだけまだマシだけど気に入らない! あ、小屋の屋根が吹っ飛んだわ。 どうも戦いは起こらなかったみたいね。見に行こう。 「きゃああああああ!」 ルイズが外で叫び声を上げてやがる。静かにしろ。 声の方を見ると、昨日のゴーレムがこっちに向かってくるところだった。 「おほほほほ、踏み潰してやるわガキども!」 「うおあ、早く飛べええ」 巨大ゴーレムに踏まれるよりわずかに早く、シルフィードが3人を乗せて離陸する。さて、ルイズをどうやって助けるか。 それよりもあのゴーレムの肩に乗ってる奴をぶっ殺してえな。 しかもやっぱフーケは女だったじゃねえか。ロングビル使えねえ。 「ちょっと降りるぜえ」 「この高さ飛び降りて大丈夫か相棒?」 「オメーを持ってりゃ余裕だ」 「レビテーションで降ろしてあげるわよ」 キュルケが言ってきた。タバサは既に何か呟いている。 「そんな暇があるなら攻撃魔法を撃ちやがれ」 そう言って飛び降りる。いつもながら[左腕の力]は頼れる。 だが、どーもこういう状況になる度、何かを忘れてる気がしてくるんだよなー。 ギーシュの時も、昨日ゴーレムを見たときもそうだった。落ちつかねえ。 ルイズが逃げずに、魔法でゴーレムを攻撃している(失敗の爆発だが)理解できねえ。敵わないなら逃げてくれ畜生。 「ああもう、どうすればいいのよ!」 「逃げるんだよぉーーーーーーー!」 「冗談じゃないわ、貴族は背を向けない!」 「馬鹿かオメー!」 ゴーレムの右腕がルイズを掴もうとしている。掴まれたら確実に死ぬなあ。 間に合うか?無理だろーなあ。 その時、上空から火の玉と竜巻が飛んできてゴーレムの腕を弾く。 「相棒!今だ!」 うるせえ、見れば分かる。 飛び込んでルイズを掴み後ろに下がる。糞、気絶してやがるじゃねえか。無茶し過ぎだ。 仕方がねえ。 「拾いやがれ畜生おおおお!」 シルフィードの影を見て、進行方向に思いっきり投げた。 「きゅい!」 拾えたみてーだ、これでまず障害を1つ排除だぜえ。ちょっと挑発してやるかあ。 「なあー、フーケよお、[土]でオレと戦おうなんて冗談だろオ?」 「はっ、負け惜しみかい?さっさと潰れな!」 あれぇ?なんかおかしいこと言ったかオレ?まあいいや。 いくらデカかろうと所詮人形だ、登ってあのクソ女をぶち殺してやる。 デルフリンガーを振り回しゴーレムの右拳を受け流す。動きは遅いがパワーがやべえ。 タバサともう一人がもうちょっと頑張ってくれればいいんだがなあ。 ルイズ達がフーケと戦っていたその頃。 これで何度目になるだろうか。ギーシュ・ド・グラモンは、実にくだらない事で始まった、あの決闘について考えを巡らせていた。 1匹目のワルキューレを素手で破壊し、その上、錬金前の石をそのままぶつける新技もかわされた。 その後の異常な動き。モンモランシーがいなければ、きっと僕は死んでいた。 それはいい、それはきっとあのセッコという平民が規格外だったんだろう。 いまさら負けたことに絶望しても仕方がないさ。 けど、けどあれは何だったんだろう? 何度考えてみても、ワルキューレ7体が潰されたことが納得いかない。 そう、7匹だ。 僕は何故、あの時7匹のワルキューレを錬金できたのだろうか? 確かに事前に1匹破壊されていたのに。途中で止めたとはいえ、更に1回錬金をしたのに。自分の成長かと思ったが、腹立たしいことに再現できない。 あの男がいたから? セッコに側にいてもらって呼んでみた、やはり8匹目は呼べない。 命の危険を感じたから? 使い魔ヴェルダンデに落ちたら死にそうな縦穴を掘ってもらい、その横で試してみる。やはり7匹止まりだ。 ダメだ、他に原因が思いつかない。 けど、この僕が一度できたことがもう一度できないなんて、そんなことがあるわけがない。大体、突然8匹呼べるようになること自体はありうる。 最初は1匹しか作れなかったのだから、今増えることはおかしくないはずなんだ。 絶対に何かあるはずだ。絶対、絶対にもっと強くなってやる。 「ねえ、タバサ、セッコって本当に人間なの?」 「人」 「じゃあ何なのよあれ!吸血鬼でももっと鈍いわよ!」 「ルーンと何か、何かは不明」 「何か、ねえ。それにしてもあのゴーレムの左腕はなんなのよ!」 「わからない、あんな動きは見た事がない」 さっきからいくら魔法を放っても、回転する左腕に受け流されてしまうのだ。 これ以上近づくわけにもいかない。 「しつこいねえ!無駄だってのに!」 敵が上と下にいるため、両方を牽制しなくてはならない。 結果割とでたらめに腕を振り回す羽目になっているのだが、実際それは十分な効果を上げていた。 左腕も大体予想通りの仕事をしてくれている。実に愉快だ。 「頭じゃねえ、足を狙いやがれ!」 言いつつ、なんとか右腕に取り付こうとする。なかなかうまくいかねえ。 「相棒、足から登ればいいんじゃねえの?」 ついにぼけたかサビ剣。 「馬鹿、足なんかに取り付いたら手に潰されるぜえ!」 「ああもういい加減に諦めなさいよ!」 弾き損ねた火球がゴーレムの右足首に直撃する。 一瞬動きが止まるが、すぐに再生すればすむことだ。 しかし、セッコにとってその一瞬は十分すぎた。 右腕にとりつき駆け上がる。 「相棒馬鹿だけどすげーなあ」 「馬鹿は余計だぜえ」 一発で首を撥ねてやるクソ女。 「油断したわくそっ、ガキの癖に!」 使い魔の男が右腕を凄い勢いで登ってくる。捕まったら確実に殺される、そんなオーラを全身から発散させながら。 だが、もっとヤバイ状況を腐るほど乗り越えてきたこの私は慌てない! 「……なあんてね」 フーケはゴーレムの右腕を、根元から切り離した。 「うおあああああああああ」 畜生、まさか切り離してくるとは思わなかったぜえ。 いや、あの再生能力を持ってすれば切り離すのが当然か。だが、腕が一本なければ足から登れるぜ! 「相棒―――!」 デルフリンガーが五月蝿い。ちょっと黙ってろ。 体勢を立て直し着地する。 「何度でも上ってやるぜフーケさんよおおおお」 「あんたの身体能力は本当に馬鹿がつくね!」 「ならいい加減に諦めやがれえ!」 「何のために」 「はあ?」 「あたしが何のために腕を切り落としたか分かるかい?」 「なに言ってやがんだあ?」 「このゴーレムはねえ、ダメージが[鈍い]のよ?すぐに[再生]するからねえ」 「それがどうしたああああ!」 「自然に、あんたが近づいて、なおかつ腕を切り落として不自然じゃあない状況!」 「なにわけわかんねーこといってやがんだああ!」 「[再生]するわよ」 「すりゃーいいじゃねえかよおお、その間に上ってぶっ殺してやるぜえ!」 「あんたごとね!!!」 「相棒、下だっ!!!」 下あ? 「オバアアアアアアアアアアアアアア!!」 まさか、そんな。オレが土ごときに! 「や、やりやがったなクソ女ああああああああ」 「負け惜しみならなんとでもお言い!」 畜生、勢いが早すぎる、すまねえサビ剣、もう持ってられねえ。 「プげッ」 「相棒ああああああああああああああ!」 乾いた音を立てて、デルフリンガーが地面に落ちた。 畜生、動けねえ……息もできねえ……なんだっけ……前もこんな…… ……おまえが行くのだセッコ、おまえの「……」がっ! なんだよ、オメー誰だ、どこに行くって言うんだあ? 「いけッ!」 しつけえなあ。動けねえって言ってんだろ? 「硬い」硬いのに沈んでいく。 そんなわけあるかよ。 「潜った」ぞッ! ああ、オレは潜り込まされてるぜ。 「地中に潜るまでもねえ」 そうか……オレは…… 「あははははは!あたしの方が一枚上手だったわね!ついでにあんた達もぶっ殺してやるわ!」 フーケが高笑いしている。畜生。 「ああ、もう終わりだわ……」 キュルケが泣きそうな顔でこっちを見る。ルイズは気絶したままだ。 シルフィードの元気がない。 「破壊の杖はある」 言い返してはみたが、この状況を何とかする術が思いつかない。 唯一ゴーレムと戦えていたセッコは、ゴーレムそのものに飲み込まれてしまった。 まだ何も、何も謎は判明してないのに。 あれ、どうしたんだろう? 「ゴーレムの様子がおかしい」 「本当ね。あの使い魔まだ生きてるのかしら?」 そんな馬鹿な。土に頭まで飲み込まれて生きている人間などいるわけがない。 「もっとしゃんとしなさいよ!あいつらに土の塊をお見舞いしてやりな!」 どうもゴーレムの動きが鈍い。魔力はまだ十分残っているというのに。 一体どうしたの、不純物が混ざったからかしら? 「勝利を確信したとき、そいつは既に負けている っつーのは誰の言葉だったかなあああ、畜生、思い出せねーぜ。オメーの言葉じゃねえのは確かだがなあー」 そんな馬鹿な。 今最も聞きたくない声が、足元から。 足元……? そんなわけがない。ここはゴーレムの肩の上だ。 きっと幻聴よ。珍しく苦戦したし。 「死ね」 違う、やはり後ろに誰かいる。 「うああああああああああああ!」 森の中にフーケの絶叫がこだまする。 そして巨大ゴーレムが崩れ落ちた。 To be continued…… 戻る< 目次 続く
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前ページ次ページお前の使い魔 わたしは、ヴェストリの広場で頭を抱えていた。 周りの生徒に聞いた、決闘にいたる過程はこうだ。 ギーシュが香水の瓶を落とし、それをダネットが拾い、ギーシュに渡した。 しかし、その香水をギーシュは受け取るのを拒否し、ダネットはギーシュが落としたと言い張った。 それを見た周りの男子が騒ぎ出し、その香水は、ギーシュと付き合っていたモンモランシーがギーシュに送ったのものだとわかった。 そこで済めば良かったのだけれど、このギーシュ、一年生の女子と二股を掛けていて、それをたまたま見ていたその一年生の女子が怒ってギーシュを張り倒す。 んで、今度はそれを見ていたモンモランシーが怒り狂ってギーシュを張り倒し、二股がバレた上に、二人の女子が傷ついたと言ってダネットにいちゃもんを付ける。 当然、ダネットは怒って反論し、あれよあれよという間に決闘に至ったと。 「どう考えてもギーシュが悪いじゃない……」 わたしの呟きに、騒ぎを聞きつけたらしいツェルプストーが、わたしの隣で頷いた後、心配そうに呟く。 「でも、ダネット大丈夫なの?止めなくていいのルイズ?」 「止めたわよ。でも、あんたもダネットの性格、少しは知ってんでしょ?」 「あー……なる程ね。」 わたしも、ついでにメイドのシエスタも必死に止めたのだが、ダネットの返事はこんな感じ。 「悪いのはあのキザ男です。私は悪くありません。」 確かに事情を聞いた今、そうだと思うし、その上でいちゃもんまで付けられたのだから怒るのもわかる。 わかるけれど……。 「相手はメイジだってのに…ああもう!ほんとダメットなんだから!!」 それが聞こえたのか、ダネットはギーシュからわたしに視線を移し、声高らかに宣言した。 「私はダメじゃありません!このキザ男なんてちょちょいのちょいです。乳でかやメードの女と一緒に見てなさい!!」 メイドとは恐らくシエスタの事だろう。 ちなみにシエスタはというと、後ろで目に涙を浮かべながらあうあう言って、右往左往していた。 自分がやらせた仕事の結果、こうなってしまったのだから無理も無い。 「あちゃー…今のでギーシュ、完全にキレたわよ。」 ツェルプストーが言って、頭を抱える。 今やギーシュの顔色は、ツェルプストーの赤髪のように新っ赤になり、頭の上に鍋でも乗せたら熱湯ができあがりそうなぐらい怒っていた。 ギ-シュはドットメイジだ。だからメイジとはいえ、強力な魔法は使えない。 だが『メイジ』なのだ。 亜人とはいえ、戦闘力で魔法の使えないダネットとは天と地の差があるだろう。 ダネットの身体能力は少し知っていたが、下手をすれば、それが中途半端にギーシュに本気を出させ、結果としてダネットは大怪我を負ってしまうかもしれない。 ならわたしはどうするべきか? 少しでもダネットの怪我が軽く、尚且つギーシュの気が晴れたかという所で止めるしかない。 そんな事をしたら、自分も無事ではすまないかもしれないけれど、ダネットの大怪我を見るぐらいならその方がマシだ。 「ツェルプス……いえ、キュルケ。危ないと思ったら止めるわ。その時は手を貸して。」 悔しいが、自分の実力では止められないかもしれない。 だから隣のツェ……キュルケに頼む。 ヴァリエール家の者が、ツェルプストー家の者に頼みごとをしたなんて、お母様に知られたら勘当ものね。なんて考える。 だけれど、今はそんな事言ってる場合じゃない。 プライドを優先させて使い魔を死なせました。なんて事になったら、わたしは一生後悔する。 第一、そんな事でダネットを失いたくない。 「…………わかったわ。タバサ、あんたも手伝ってくれる?」 この前から家の名前でのみ呼ばれていたのに、わざわざ名前を言いなおしたという事は、それだけ真剣なのだろうとキュルケは察してくれたらしく、真顔で頷くと、自分の隣にいつの間にかいた青髪の生徒、タバサに協力を求めた。 タバサは小さく頷き、肯定の意思を示す。 そうこうしてる内に、ギーシュが決闘の宣言をする。 「諸君!!決闘だ!!」 沸き立つ生徒。 そんな生徒の姿を見て、わたしは唇を噛み締める。 こんなのがわたしと同じ貴族? 亜人とはいえ、女を寄ってたかってリンチするのがメイジの姿? 納得できない。納得できるもんか。 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」 ギーシュが杖を振り、そこから現れた青銅のゴーレムを自分の前に出し、ダネットを小馬鹿にした顔で見ながら言う。 それを見たわたしは、しめたと思った。 ギーシュの魔法は、ゴーレムの同時数対召喚だったはず。 まだ一体ということは、ギーシュは本気を出していない。 恐らくはギーシュも、女相手に本気は出せないという事だろう。 これなら、酷い結果にはならないかもしれない。 そんな事をわたしが考えていると、ダネットはエメラルドグリーンに輝く二つの短剣を片手に一本ずつ持ち、器用にくるりと回した後に不敵に微笑んだ。 「文句なんてありません。」 それを聞いたギーシュは、少しの驚きや怯えも無いダネットを見て、少しだけ怯んだが、薔薇の造花を模した杖を口の高さまで上げ、尚も口上を続けようとする。 「言い忘れたな。僕の二つ名は『青銅』。青銅のギー」 「やあっ!!やあっ!!」 ギーシュの口上を遮り、ダネットの気合いというには可愛い声が広場に響く。 ダネットはゴーレムに斬りかかり、澄んだ音がしたかと思った時には、タンという音を立ててくるくると回転しながら自分が立っていた場所に戻っていた。 斬りかかられたゴーレムを見てみると、胸のあたりがざっくりと十字に斬られ、緩慢な動作で地に崩れ落ちようとしていた。 「ちょっとルイズ…何よあれ……むちゃくちゃ強いじゃないあの子……」 キュルケの驚きが隠せない言葉が聞こえたが、驚いてるのはわたしもだ。 あいつ、あんなに強かったんだ。 わたしの脳裏に、召喚した後に言っていたダネットの言葉が蘇る。 『世界を破壊しようとした三体の巨人を倒した。』 今も信じてはいない。 信じてはいないけれど……でも、もしかしたら……。 呆気に取られたわたし達や、他の生徒が口を開けてぽかんと見ている中、まさかゴーレムをあっさり破壊されると思っていなかったギーシュは半狂乱になり叫んだ。 「わ、ワルキューレエエエっ!!」 杖を振り、薔薇の花弁を落として六体のゴーレムを繰り出し、ダネットと距離を取る。 マズい。本気だあのバカギーシュ。 視線でキュルケに合図し、キュルケも悟ったのか、タバサに目配せする。 そしてわたし達が決闘の場に飛び込もうとした時、ダネットは言った。 「ようやく本気を出しましたか。ならば私も手加減しません!!」 何ですと?まだ何かあるっていうの? もしかして、亜人特有みたいな変な魔法とか使えたりするんじゃないでしょうね。 ダネットは二本の短剣をくるくると回して握りなおした後、ギーシュに向かって短剣を突きつけ、その名前を口にした。 「迅速の刃をくらうがいいです!秘剣、くる鈴斬!!」 ヴェストリの広場が静寂に包まれる。 しっかり10秒ほど経過した後、どこからともなく笑い声が聞こえだした。 「……ぷっ!!くるりん?」 「駄目よキュルケ!笑っちゃ……プッ!!」 「み、ミス・ヴァリエール?し、真剣なんですから笑ってはいけないかと」 「…あんただって肩が震えてんじゃないのよシエスタ」 「凄いネーミングセンス」 「た、タバサ、勘弁してよ…ぶふっ!!」 最初、何で笑いが起きてるか理解できないという表情だったダネットは、ようやく技の名前が原因だと気付き、真っ赤になりながら反論しだした。 「ば、馬鹿にしないでください!!ええい!!お前達に目にモノ見せてやります!!いきますよキザ男!!」 駆け出したダネットの姿を見て、周りに釣られて笑いそうになっていたギーシュの顔が真剣になる。 わたし達も笑うのをやめ、その動きを見た。 いや、見えなかった。 ゴーレムとギーシュの中に飛び込んだのまでは確認できたのだが、その後に見えたのは、空高くに打ち上げられたギーシュの前にいたゴーレムの姿。 そして、打ち上げられたゴーレムの下に向かって、緑色の塊のように丸まったダネットが飛び込んでいく。 くるくると回りながら、遠心力で何度も何度もゴーレムを斬り裂き、一瞬でゴーレムだったものは青銅のガラクタとなってしまう。 回転は勢いを増し、もはや最初の形さえわからなくなってしまったゴーレムに向けて、「沈めてやります!」と叫んでゴーレムの身体をぶち抜いた。 いや、青銅だぞそれ。金属の中では柔らかいとはいえ、それなりに硬いんだぞ。 わたしが心の中でツッコミ入れた時には、粉々になったゴーレムがバラバラと地に落ち、同時にダネットもスタっと着地していた。 着地したダネットは、ゴーレムを破壊されて放心しているギーシュに向かって短刀を突きつけ言った。 「キザ男に喰らわせて首根っこへし折ってやるつもりでしたが、ちょっとだけしくじりました。なのでもう一回!!」 「あんたはギーシュを殺す気か!!」 こっそりダネットの後ろに回っていたわたしが、ダネットの頭に平手打ちを食らわせ、スパーンと心地よい音が広場にこだまする。 叩かれたダネットは涙目になりながらわたしを見て、真っ赤になりながら怒り出した。 「な、何をするんですかお前!!…ハッ!!もしやお前、このキザ男とグルだったのですか!!」 「違うわよ!!」 スパーンスパーンと立て続けに平手を食らわせる。 教室に入った時のようなやり取りをしていたわたし達を、ギーシュの言葉が遮る。 「ルイズ!!なぜ決闘の邪魔をした!!」 「いや、あんなの食らったら死ぬでしょあんた。」 わたしの反論に、「うっ……」と言って固まるギーシュ。 そして、俯いたまま、小さな声で呟くように言った。 「僕の……負けだ……」 こうして、ギーシュとダネットの決闘は、ギーシュの敗北宣言により幕を下ろした。……ら、良かったんだけれど。 「で?あんたあれを本気でギーシュに食らわせるつもりだったの?」 「当たり前です!首根っこへし折ってやるのです!!」 「短刀を抜くな!!しまいなさい!!ギーシュもいちいちビクビクしない!!」 「どうしてそのキザ男を庇うのですかお前!!やっぱりお前、そのキザ男とグルなんですね!!」 「違うって言ってるでしょうが!!この!!この!!」 「痛っ!!痛っ!!何をするのですかお前!!おのれ…こうなったらお前もくる鈴斬を受けなさい!!」 「上等よ!!あんたなんて爆破してやるわ!!このダメット!!」 「へーんだ!!お前のへなちょこ術なんて怖くありませーん!!」 「言ったわねえええ!!食らいなさい!!」 「きゃあ!!お前っ!!本気でやりましたね今!!」 「本気も本気。大本気よ!!今日という今日は、わたしがご主人様だって身体に染み込ませてやるわ!!」 「上等です!!泣いたって許してやりません!!」 「いくわよダメット!!!!」 「来なさいダメルイなんとか!!!!」 こうして起こりかけた、第二回ヴェストリの広場の決闘は、わたし達の後ろに回っていたキュルケのげんこつと、タバサの杖の一撃で幕を下ろしたのだった。 前ページ次ページお前の使い魔
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タルブ村の中央に位置する、丸い広場。 その石段でできた広場に設置された噴水。 流水が涼しげに波紋を作っている。 その光景を最もよく見えるように、大きくテラスを張りだたせた建物。 その建物は、入り口が南側。壁は、白い漆喰。 「ここみたいね」 キュルケが、午後の太陽の光を背中に浴びながらいった。 彼女たちの目的地は、ここ、『魅惑の妖精亭・本店』である。 タルブ村は平凡な田舎村でありながら、実は、特異な郷土料理で有名な村であった。 その郷土料理の名声は、遠くゲルマニアの地にまで聞き及ぶ。 物好きな豪商や貴族たちは、この魅惑のリストランテまで足を運んで、己の舌に鼓 を打つのだった。 このリストランテは、貴族や豪商にも利用できるように清潔に整備されている。 店内には、席が百席ほど用意されているだろうか? ルイズはそう見て取った。 「ついたわよ、ダーリン」 キュルケのその言葉にも、ブチャラティは気づかない。 なにか書かれている紙を手に持ち、それを一心に見つめている。 ブチャラティが、タバサの竜に乗っている間中、ずっとだんまりを決めていたのも このためだ。 彼は、道中、ずっとこの店のメニューを見ていたのだ。 「う~ん……やはりマルガリータは当然頼むとして…… ボルチーニ茸をのせてもらうか……」 「あの……ブチャラティさん……?」 さすがのギーシュも、ブチャラティの異様な態度に気がついたようだ。 「イカスミが無いのが残念だが……」 ルイズは、大きく息を吸い込んだ。 一瞬の間のあと、広場を少女の大声が支配した。 「ブチャラティ!!!」 「なんだ? ルイズ、そんなに大声を出して?」 「着いたわよ、『ピッツァ』が食べられる店」 「おおっ! そうか!」 ブチャラティはそういい残すと、やっと顔をあげた。 「ずいぶんと、人が並んでいるな」 そういった口は、不満の色を隠せない。 彼の言うとおり、『魅惑の妖精亭』の前にあつらえてある、待合椅子には、三十人 ほどの、いかにも身なりの良い人たちが並んで座っている。 おそらくは、メイジの客なのだろう。 「こんなに混んでるんだったら、相当待ちそうだな」 ギーシュは自分のおなかをさすりながら言った。 今の時刻は、とうにお昼時を過ぎている。 今頃トリステイン学院では、食事も終わり、食後の紅茶が配られている頃だろう。 この時間になっても、貴族たちですら並んでいるという事実は、ブチャラティに希 望を抱かせた。 だが、同時に、ルイズたちも、結構な時間を待ち時間に浪費する、という真実を示 してもいた。 「どのくらい待つだろうかな?」 多少は冷静さを取り戻したブチャラティは、誰ともなしに発言してみた。 彼は、まともな返答が返ってくる事は期待していない。 だが、それにもかかわらず、彼の原始的な欲求は、心の中でやくたいもない不平を 量産していくのであった。 くそっ。 これがもし故郷のネアポリスであったならば。 あの、なじみのポモドーロおばさんの店だったのであれば。 自分の不登校な息子のことで愚痴を言いながらも、俺に優先してピッツァを包んで くれるのに。 だが、ここは異世界。 ブチャラティ以外に、生粋のイタリア人はいない。 その代わりに、彼らに声をかけるものがいた。 「お~い」 ルイズは、その声が店内からかけられたことまではわかったが、正確な位置はわか らない。それほどまでに、この店は混んでいたのだ。 「あそこ」 タバサが人差し指を店内の一点に向ける。 ルイズは見つけた。 タバサが指さす、店の奥に設置された大き目の丸テーブルを。 それをたった三人で占拠していた。 そのうちの一人が、彼女らに声をかけた張本人。 岸辺露伴だ。 「うまい! 最高だ。ネアポリス特有の厚めの生地。それを、外側はかりっと、内 側はややふんわり焼いてある。 しかも、このマルガリータピッツァにのったモッツァレラチーズは、フレッシュ タイプの水牛のものだな。臭みがまったく無い」 ブチャラティが露伴の隣に座り、熱々のそれを口に運ぶ。 とろけたチーズと、トマトが舌の上で絶妙に絡みつく。そこに、ルッコラの葉がア クセントを加える。この店の自慢の一品である。 「ええ、ブチャラティさん。このチーズを作るお牛さんは、おじいちゃんがわざわ ざ東方の地から探してつれてきたそうですよ」 シエスタは、ブチャラティのコップに赤レモンのジュースを注ぎながら答えた。 「すごいな、君のおじいさんは。こんな地で、本場のイタリア料理が食えるとは思 いもしなかったよ。このパッケリのパスタと、トマトソースは実によく合う! なんというか、どこかのバカとプッツンの組み合わせだ。いい意味でな」 露伴はレモンジュースを飲みながら言った。彼が今、食べているパスタはアツアツ のボロネーゼだ。 タルブ村に降り注ぐ、真っ赤な太陽をたくさん浴びて育ったレモンの酸は、露伴の 舌にいまだ残る、モッツァレラチーズの後味と混ざり合わさり、さわやかな快感を 露伴の脳に感じさせた。 「いえ、私のお爺ちゃんは、故郷を探しにいった帰りに見つけたらしく『ついでだ』 といってました。ただ、この赤いお野菜のほうは、わざわざ探したみたいです。 『世界中を探して回った』といってたそうです」 「そうすると、君は曽祖父も、祖父もハルケギニアの人間じゃないのか?」 「はい。ええと、『タケオ』曾おじいちゃんは、お母さんのおじいちゃんですね」 ブチャラティとシエスタ、岸辺露伴が、このように魅惑の妖精店内で舌鼓をうってい たころ。 ルイズたち、トリステイン学院の学生たちはその恩恵を受けられずにいた。 なぜなら、彼女たちは、コルベールの前で、小さくなっていたからだ。 「ミス・タバサ。私は言ったハズです。学生に、長期休暇は与えられないと」 「……」 タバサは上目遣いに、その人物を見やった。 コルベールではなく、彼の奥に座っている露伴を。 「余所見をしないでください!!!」 「……はい」 「特に、あなたは御家の事情とかいうもので、何かと休みがちなのです。いくら成績 がいいとはいえ、あまり感心できません」 ルイズたちは椅子に座って、コルベールの頭越しに、ブチャラティたちの宴を見せ付 けられているところである。 「コルベール先生。タバサも反省していることですし、その位になされては?」 タバサとは反対に、キュルケは、明るい感じでコルベールの顔を直視した。 コルベールの額が日光で輝いている。その反射光は、キュルケの谷間を照らしていた。 「ミス・ツェルプストー。これは、あなたたち学生には共通して言えることですぞ!」 「フフフ、すみません。でも、来てしまったのはしかたがありませんわ」 「むむむ……そういわれては……」 危うく、キュルケの誘惑に陥落しそうなコルベールであったが、彼の脆弱な男心に、 意外な助っ人が表れた。彼の前で恐縮しきっている男子生徒、ギーシュである。 「コルベール先生。まあ、今回はブチャラティさんが『この店に行きたい』といって のことです。あまり長居はしませんってば」 この言葉に、コルベールは教職としての本分を何とか思い出した。 「それならば、なぜあなたたちがついてくるのです? 彼はミス・ヴァリエールの使 い魔であって、君達の使い魔ではありませんぞ? 特にミスタ・グラモン。 君は、私の『基礎地歴学』の単位を落としているではないですか。追試は来週です。 ここに来るほど、君は試験の成績に自信があるのですか?」 「う゛……」 「それにですな。ミスタ・ブチャラティは、使い魔であっても中身は立派な成人男子 です。ミス・ヴァリエール、君がこのタルブ村まで付き添う必要はないではありま せんか」 「いえ……でも、自分の使い魔の管理はちゃんとしないと……」 「はっきり言って、日ごろの生活態度から見るに、ミス・ヴァリエール。あなたこそ がミスタ・ブチャラティに監督される立場ではないですかな?」 「……はい、そうです……」 コルベールの説教癖のせいで、ルイズたちは、日が落ちるまで彼の御言葉を拝聴しな くてはならなかった。 そのおかげで、ルイズたちは一泊だけ、タルブ村の、シエスタの実家に泊まることを 許可された。 コルベールが、学生たちに夜半の、危険な旅をさせることに反対したからである。 だが、ルイズたちは、学院を抜け出した罰として、昼食にありつける事はなかった。 俗に言う、『おあずけ』というやつである。 To Be Continued...
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前ページ次ページゼロの社長 ルイズと海馬の二人は、トリステイン魔法学院の中で最も背の高い、真中の本塔の中にある『アルヴィーズの食堂』の前へとたどり着いた。 食堂の中はとても広く、そしてやたら長い机が3つ並んでいた。 食堂の飾りは豪華で、全ての机にローソクが立てられ、花が飾られ、フルーツが盛られた籠がのっている。 ふと見上げると、ロフトの中階には教師達が集まって歓談をしている。 「なるほど、上は教師、そして3つの机は学年ごとで生徒を分けているのか。」 「そうよ。…ところで、本来ならば平民はこの食堂には入れないのだけど、あなたは別。私の使い魔だもの。 事後承諾になっちゃうけど、後で先生達にも掛け合っておくから、今後食事は私とここでとる事になるわ。」 「ふむ…しかしこの内装のセンスはどうだ。成金主義の塊のような…」 「文句をいわない。さっさと席につきなさい。」 ルイズに促され隣の席につく海馬。 机には朝食だというのに、豪華な鳥のローストや、鱒の形をしたパイ、ワインなどが取り揃えてある。 「朝から良くこんなものばかり食える…」 という海馬の呟きはルイズには届かなかったようである。 「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします。」 祈りの声が、唱和される。隣を見れば、ルイズも目を瞑りそれに加わっている。 「ふむ…儀礼的な文句とはいえ、これをささやかな糧とは…」 「ぶつぶついわないの。ってセト?食べないの?水しか飲んでないじゃない。」 「いや、今は別に空腹ではないのでな。」 あ、そう?とルイズは大して疑問ももたずに自分の皿の方に目を戻した。 (宗教的なこともよくわからんが、とりあえずこの国は女王…つまり王制を敷いているということか。 ふむ、いつまでもここにいる気は無いが、ここにいる以上最低限の知識を手に入れておかねばならんな。 学院というのだから図書館くらいあるだろう。後で探してみるか。) と、先のことを考えて行動予定を立てていた海馬であったが、すぐさまその目論見は一つの障害にぶつかる事となる。 ルイズに付き添って授業を受けるために教室にルイズとともに向かっていたが、途中にある掲示板を見て気づいたのだ。 この世界の文字が読めないという事に。 (失念していた…言葉が通じるので油断をしていたな、曲がりなりにもここは異世界だったのだな。つまり文字を覚えるところから始めなければならない。) 魔法学院の教室は、中学高校の教室というより、大学の講義室にそっくりだった。 教壇がありその後ろに黒板が。そして階段状に生徒の座席がある。 ルイズと海馬が教室に入ると、既にいた生徒達から視線が集まった。 そのなかにはキュルケもいた。 キュルケの周りには、やたらと男子生徒が固まっていた。 (なるほど、あの容姿だ。群がる男も出てくるだろう。) キュルケは海馬に気づくと目でアイコンタクトを海馬に送ってきたが、気づかなかったのか無視したのか、海馬は何も返さぬままルイズの隣に座った。 教室にはさまざまな使い魔たちがいた。 キュルケのサラマンダーのほかにも、蛇、梟、カエル、ネコ、烏。 わかりやすい動物のほかにも、デュエルモンスターズに出てきそうな架空の生物達もいた。 興味を持ったのか、海馬は目に意識を集中する事で、それらの使い魔たちの能力を覗き見ていく。 海馬の視線の動きの意味に気づいたのか、ルイズが海馬に話し掛けた。 「面白そうな力を持った使い魔はいた?」 「いいや?スペックはそれぞれどの動物に相応程度の力しかない上に、大した能力も持っていない。雑魚ばかりだ。」 あまりといえばあまりな辛辣な評価に、流石のルイズも苦笑いをするしかなかった。 「まぁ、私の使い魔じゃないし、別にどうでもいいわね。 それに、あの使い魔たちとあなたもしくは私が戦うなんて事はありえないことでしょうし。」 などと話しているうちに、扉が開き教師のような風体の女性が現れた。 中年の女性で、紫色のローブに身を包み、同じ色の魔女っぽい帽子を被っている。 彼女は教壇に立ち生徒達を見回すと、満足そうに微笑んで言った。 「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。 このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、さまざまな使い魔を見るのがとても楽しみなのですよ。」 と言ったところで、シュヴルーズと海馬の目が合った。 そして、あぁ、あの。という顔で海馬を見た。 「おやおや、ミス・ヴァリエールは変わった使い魔を召喚したのですね。」 その言葉にクラス中がどっと笑い声に包まれる。 「ゼロのルイズ!召喚できないからって、その辺歩いていた平民を連れてくるなよ!」 小太りの生徒が茶化すように煽ると、笑いが余計大きくなる。 「違うわ!背とは私がサモンサーヴァントで召喚した、れっきとした私の使い魔よ!」 ルイズは立ち上がり、肩を震わせながらその生徒に向かって反論した。 自分はちゃんと魔法を成功させた。 その事を否定される。何より瀬人を馬鹿にされた事が、ルイズは非常に悔しかった。 だが、その対象となった海馬はといえば 「放って置けルイズ。ただ生まれたときより魔法が使えるという、貴族などという名のぬるま湯に浸かって育った豚の鳴き声などで いちいち腹を立てる必要など無い。」 と、とんでもない暴言を口にしていた。 流石にこの発言には笑っていた生徒達も呆然とし、言われた本人すらも理解をするまでに数秒かかり、そして顔を真っ赤にして叫んだ。 「ぶっ…豚だと!?平民の癖に僕を豚呼ばわりするのか!?無礼者!」 「無礼とは、礼を尽くすべき相手に礼を尽くさない事を言う。貴様のような豚に尽くす礼など無い。 特にとりえもなく、風をヒューヒューふかす事しか出来ないドットメイジは黙っていろ。マリコルヌ・ド・グランドプレ」 「なっ…なっ…なっ…」 確かにこの少年、マリコルヌ・ド・グランドプレはドットメイジである。 だが彼は、名乗ってもいない自分の名前と能力をなぜ言い当てられたのか。 なにより、このような暴言を言われた事が無いために、どう返していいのかわからなくなっていた。 もちろん、海馬は先ほどの間に彼の能力を見ていたのである。 もっとも、見た結果がどんなに優秀であろうとも、海馬の答えは一緒であっただろうが。 「はい、そこまでです。ミスタ・グランドプレ、元はあなたの軽率な発言が原因です。反省をしなさい。」 でも!などといおうとしたマリコルヌの口に、赤土の粘土がぶち込まれた。 そして、静寂と化した教室で、海馬の方を見てシュヴルーズが口を開いた。 「ミスタ…失礼。あなたの発言は主人であるミス・ヴァリエールの代弁にもなるのですよ。 不用意に相手を挑発する行為は控えなさい。」 「海馬瀬人だ。ミセス・シュヴルーズ。しかし、奴の発言は聞き流す事が出来ないものだ。 根拠なくルイズを侮辱した、それはこの俺に対する侮辱でもある。」 「ふぅ…わかりました。では、今後気をつけなさい。それでは授業を始めます。」 シュヴルーズはコホン、と咳をして杖を振るった。 机の上にはいつのまにか石ころが現れていた。 「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。 魔法の四大系統はご存知ですね?…ミスタ・グラモン」 ミスタ・グラモンと呼ばれた少年は、バラを翳し気取った口調で答えた。 「『火』『水』『風』『土』の4系統です。そして何たる奇遇。僕の属性もミセスと同じく『土』。二つ名を、『青銅』のギーシュ・ド・グラモンと、申します。」 そして手に持ったバラを口にくわえ、会釈をしながら 「お見知りおきを」 と、決めた。 いや、本人は決めたつもりなのだろうが、クラス中からは冷たい視線が集まった。 特に、隣に座っている金髪で巻き髪の少女は、またいつものが始まったと呆れている。 「よろしく、ミスタ・グラモン。今答えていただいた4系統に、今は失われた『虚無』をあわせて、 全部で5つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。 さて、『土』系統は万物の創生を司る、重要な魔法であると考えています。 まずそれを知ってもらうために、基本である錬金の魔法を覚えてもらいます。」 シュヴルーズが机の上の石に対し杖を振るうと、石はまばゆい光を放ちだした。 おお!とクラス中から感嘆の声が漏れる。 「ゴゴ、ゴールドですか?ミス・シュヴルーズ!」 キュルケは身を乗り出した。 「いいえ、これはただの真鍮です。ゴールドを錬金したければ、スクウェアクラスのメイジだけ。私はただの…『トライアングル』ですから。」 (ふむ…。5大系統か…なるほど、デュエルモンスターズの属性と近いものがあるな。 しかし、そうするとルイズが俺の目を通して出た属性が闇だったが…) 他の生徒を見回しても、闇属性は見当たらない。 海馬の脳裏にある可能性が現れた。 (もしや…ルイズの失敗魔法は失敗ではなく『そう言う魔法』なのでは?) その可能性を考えつつ、ふと隣を見ると、ルイズの姿がなかった。 見ると教壇の前にルイズが立っているではないか。 どうやら、海馬が考え事をしている間にルイズが指名され、錬金をすることになったらしい。 (まずい、俺の予想通りならば、あの魔法は絶対に『爆発』する。) ルイズが呪文を唱え終わる前に、海馬を含む全員が机の下へと隠れた。 そしてルイズの呪文が完成する。 結果、海馬が、いや、このクラス(ルイズ、シュヴルーズを除く)全員が想像したとおりに、ルイズの目の前の石は爆発した。 机はみごとに消し飛び、爆風が生徒達の席を襲ったが、全員慣れたもので、誰一人怪我なく爆風を回避した。 そして、爆心地である黒板の前は、もくもくと煙が上がっていた。 やがて煙が晴れるとそこには、爆発で目を回しているシュヴルーズと、服装は少し傷だらけになってはいるものの、無事なルイズが立っていた。 顔のすすをハンカチで拭きながら、ルイズは淡々と 「ちょっと失敗したみたいね。」 といった。 当然即答でクラスメイト全員からのブーイングを浴びせられたのは言うまでもなかったのだった。 前ページ次ページゼロの社長
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前ページ次ページゼロの騎士団 ゼロの騎士団-外伝 「使い魔 感謝の日」 トリステイン魔法学院 昼 季節も初夏を迎え、生徒達には春に比べ薄着した者もあらわれる。 その中の一席ルイズ達は昼食をとっていた。 その中で、弾む会話に一区切りがついた所で、少女が新しい話題を提供する。 「そういえば、もうそろそろ、感謝の日ですね」 黒髪のメイド服を着た少女――シエスタがその言葉を口にする。 彼女はメイド故に、一緒に食事する訳ではなく、デザートを運び終えた帰りであった。 「感謝の日、何だ、それは?」 ルイズの隣に座っているニューが、デザートに手をつけながら聞く。 彼にしてみれば、まだ、この学院――世界には解らないことだらけであり、 当たり前の様に話す事が理解できない事もある。 しかし、ニューと違い、1年間をここで生きてきたルイズはその言葉に思い当たるのか。 思い出したように会話に交る。 「ああ、そう言えばそろそろだったわね」 心なしか、嬉しそうでは無い声が、ニューにとってある事を思い出させる。 「まさか、また鉄鍋を持って走るような行事か?それとも、スイカ割りか?」 「なんで、感謝の日と言う単語から鉄鍋が出るのよ?そもそも、スイカ割りって何なのよ?」 ルイズが呆れながら、ニューを見る。 「夏と言ったらスイカ割りだろう、目隠しをして、スイカを割るんだよ」 「スイカなんて割ってどうするのよ」 キュルケが疑問を口にする。 スイカは知っているが、なぜ、いちいち目隠ししてスイカを割るのかは彼女には理解できなかった。 それを聞いた、ゼータが補足の意味で説明する。 「我々、モビルスーツ族は戦勝祈願の意味を込めて、戦の前にスイカを割ってその割れ方で吉兆を占うと言う習慣から来ているんだ。 今では祝い事にやる習慣が一般化している」 「そんな風習があるなんて……改めて、アンタ達って変わってるわよね」 ルイズからは理解できないと言った感情が浮かぶ。やはりどこか違うところがある物だ。 ここ数カ月は一緒に居るが、たまに、こう言った違いを聞くと改めて彼らが人とは違う事を認識する。 もっとも、そうでもしないと、既に人間とほぼ同じ様に認識する様な近い存在と言えた。 「……で、感謝の日とは?」 「感謝の日は、日頃使役している使い魔に感謝の意味を込めて、何かしらの奉仕をする行事」 本を読んでいたタバサが、ゼータの質問に答える。 「使い魔を召喚したメイジは、最初は喜ぶけどこの時期になると徐々に使い魔に飽きてくるのよ。 世話をしないならともかく、主の役割を放棄したり最悪なのは理由をつけて殺したりするのもいるのよ」 足を組みなおしたキュルケが由来を語る。 使い魔と言うのはある種のペットに近い、初めて召喚した喜びと一緒に居るから愛着を感じるが、 ある期間一定に居ると、段々とそれを疎ましく感じ始める者もいる。 特に、それまでそう言った、育てる、世話をする。 といった感覚がないメイジの子息たちにはより強く感じるだろう。 実際に数年前、そう言った理由で自身の使い魔を殺したメイジもいる。 オールド…オスマンはそれに激怒し、本来、社交辞令程度の意味合いの感謝の日を生徒の義務と課した。 「皆さんは何かして貰うのですか?」 シエスタの言葉に、ニュー達三人はそれぞれの主を見る。 真っ先に反応したのはルイズであった。 「な、何よ、何かしてほしい訳?言っとくけど、あんまり無茶な事は言わないでよ」 自身の行いに思い当たる節があるのだろうか、何か報復を恐れるような、そんな感じでルイズが睨みつける。 「自分のやっている事に自覚があるのだな……そうだな、ルイズの子守りから解放されたい」 目を細くしながら、ルイズを見る。 最近では余り煩くなくなったが、それでも小間使いの様な仕事に従事する事が多い。 また、日頃のルイズの制裁は既に二桁の大台すらも終えようとしている。 実際、コルベールが余りの状態にルイズを注意した事もある。 世界で一番苦労している使い魔――キュルケの冗談とも言える評価は否定したくはなかった。 「あははっ!確かにルイズの子守りは大変よね、私ならとっくに逃げ出すわ」 その言葉を聞いて、真っ先にキュルケが笑いだす。 傍から見ても、ルイズの相手は大変な事は彼女も知っていた。 「う、うるさいわよ、そう言うアンタの使い魔はどうなのよ」 話題の矛先を対して関心なさそうに食事の次の行動――睡眠の準備に入っていたダブルゼータは、話題を振られて気だるげに体を動かす。 「特に無いな……そう言えば、この間の賭け事で稼いだ金で飯食わせてくれるって言ってたな。 忘れてないだろうな?」 眠そうであったが、何かを思い出して徐々に意識を覚醒させる。 ダブルゼータを利用してキュルケが賭けで稼いだ対価は、ダブルゼータに豪華な食事を与える事であった。 「そう言えば言ったわね、けど、ここ以上の味となるとなかなか無いわよ」 「じゃあ、どうするんだよ?」 ダブルゼータが半眼で呻く。反応は解っていたのか、キュルケは慌てずに対処する。 「睨まないでよ、今度、王都の一番のレストランに連れていくわ。 けど、予約待ちで感謝の日よりだいぶ先の事になるの……ゼータは?タバサに何かして欲しい事ってある?」 キュルケの視線の先には、どこか気にした様子でタバサを見ているゼータが居る。 彼は要望を聞かれても、さほど嬉しそうとは言えない顔であった。 「武器……と言いたいところだが、剣や盾はもう有るからな。 特にないのだが……むしろ、タバサ私がする事はないのか? 自由にさせてもらえるのは有難いが」 要望を聞かれても青い紙の少女は本から目線を外す事は無かった。 「特にない」 短い拒絶の言葉だけで、彼女と会話は終わる。 いつもこれだ――ゼータは不満げな顔をする。 ゼータは二人に比べるとかなり自由である。 食事や寝るとき一緒に居る以外はやる事がなく。 タバサの横で一緒に本を読み、剣の訓練をしている事が多い。 そして、それはゼータにとって少し不満でもあった。 無口な所もあるが、基本的に人格的に問題があるとは思っていない。 少なくともタバサを嫌っておらず、むしろ、この世界では自分の主と言う事も認めている。 彼女の望みなら、可能な限りは叶えたい思う しかし、タバサはルイズの様に使役し、キュルケの様に金儲けや問題に首を入れるような事はしない。 以前の様な吸血鬼退治の様な仕事も、あれ以来ほとんどない。 初めてタバサと出会った時の言葉通り、ただ居るだけでいいらしい。 だが、それはお互いコミュニケーションが取れているとは言い難く、 ニューやダブルゼータの様に、主の事をうまく把握しているという感覚がない。 実際、何だかんだで、お互い上手くやっているニュー達に比べて、距離感がさほど縮まって無い タバサもルイズの様にむしろ我儘の一つも言ってもらいたい。 しかし、ゼータのその考えは少女に届いたと言う様子は見られなかった。 それぞれの思惑が飛び交った後、ルイズが会話を終わらせるべく動き出す。 「休みくらいあげるわよ、で、結局何がしてほしい訳?」 ルイズの言葉とは反対に苦々しげな表情に対して、ニューは不満な顔をする事は無かった。 むしろ、何か言いたい事を考えてその言葉に満足したかのような、少し嬉しそうな表情であった。 「何かして貰えるようだが、ルイズ、君は何が出来るのだ?」 鬼の首でも取ったような、表情がルイズを見据える。 最近ではお前呼ばわりのニューが、珍しく君と呼んだ事の意味が、ルイズにはすぐに理解できた。 「掃除や洗濯でもして貰おうかと考えたが、君はお嬢様だろう」 彼のうすら笑いが、ルイズの感情を逆撫でする。 “何も出来ない世間知らずな貴族のお嬢ちゃんが何言っているんだ。” ルイズの脳内ではそう言う様に翻訳された。 「ご、ご主人様に向かって、何て事を言うのよ馬鹿ゴーレム、私にできない事なんてないわよ!」 睨みつけながら、低い声で呻く。 後悔は後からやって来る。 「……それでは、フライの魔法で空を飛んでみたいですな、できますか?ご主人様」 詰み――ニューの顔はその一言で表される。 不味いと言う表情がルイズの顔に書かれる。 ニューは端からルイズに何も期待していなかった、ただ、罠にはまったのだ。 (コイツは私に恥をかかせる為――ゼロと言う為だったのね) 恐らく、このまま魔法で失敗して爆発しても、出来ないと言ってもニューの答えは決まっている。 ――ゼロのルイズ 自身にとって最もダメージを与える言葉を充分な根拠と共に自分に突き付けるのだろう。 ルイズは考え、そして、ある結論を出す。 「……わかったわ、そんな簡単な事でいいのね」 (なら、お望みどおりにしてあげるわ) 危険、動物がそう感じるであろうルイズの表情――その場の全員に警戒の鐘が響く。 「ちょっと、ルイズ!」 自身の身で体験しているキュルケが、真っ先に止めに入る。 「いいわよ、お望み通り飛ばしてあげるわ!」 (爆発でね) ルイズはスイッチを押す……筈だった。 「もしや、フライを唱えて爆発などと言う事はありませんな、“メイジのルイズ様”」 英雄現る――その一言がその場の全員の中で一致した。 「くっ!」 ルイズは動きを止める。 (やっ、やられた!) 自身の目論見をつぶされ、焦り出す。 この状況で爆発させれば、自分は“ゼロのルイズ”である事を認めるようなものである。 自身が気づかずに恥をかくのと、相手に踊らされそれを知った上で恥をかくのは訳が違う。 それは不味い、ルイズはかぶりを振る。 思考の時間は敵に攻撃の機会を与える。 「まさか、ルイズ様がそんな簡単な失敗するわけはありませんよね?何て言ったって立派な“メイジ”なのですから」 盤上の神は誰か?それは言わずとも分かる。 そう確信したかの様に、ニューはルイズを見る。 (どうしたらいいの?さすがに、この状況で魔法を使う訳にはいかない) そう心の中で考える。 相打ち覚悟で爆発させるか? それとも素直に出来ないと言うか? はたまた主人の権限を行使するか? 様々な考えが浮かぶが、どの道、ルイズの心にはダメージを提供されるであろう。 そして、最もダメージが少ない方法を考える。 しかし、ルイズにとって予想外の事態が起こる。 「おや、ルイズ様はもしかして体調が悪いのですか?」 ニューが途端にそんな事を言い出す。しかし、その言葉とは裏腹に全然心配した様子はない。 まさか!――ニューの事を睨みつける、その顔は予想していた通りであった。 その顔には表れていた“見逃してやる”。 確かに、ニューの言葉通りになれば、体面は恥をかく事は無い。 しかし、乗せられ、踊らされ、しかも、憐れみすらかけられる。 直接的ではないが、ルイズにとっては最も手痛い負けと言える。 「……そうね、今日は体調が悪いから、また今度飛ばしてあげるわ」 事実上の敗北宣言 「いえいえ、残念ですが仕方ありませんね」 (小娘、敗れたり!) 脳内でその言葉とこぶしを握る様子が、ニューの表情にはあった。 (悔しいぃぃ、あの馬鹿ゴーレム!) 表面には出さず、憎悪で心の中を燃やす。 一つの戦いは終わる。しかし、勝利の余韻に浸る事は許されない。 ニューは勝利に満足したのか、偉そうに咳を一つして、場の流れを仕切り出す。 「さて、冗談はこれ位にして……三人とも、特にないのなら、君達が我々三人にケーキを作ってくれないか」 その提案は何をもたらすのか? 少なくともこの時点で、気付いたのは一人であった。 (ニューさん、何言っているんですか!) それまで会話に入らなかった、シエスタが目をニューに向ける。 止めなくてはと思うが、彼女より早く反応する者が居た。 キュルケの瞳に、何かが宿る様にシエスタには見えた。 そして、それはいい予感がしなかった。 「ふーん、面白そうじゃない、特にやる事無いし、三人まとめてやった方が楽だしね、タバサもいいでしょ?」 キュルケがその案に賛成する。 なんとなくニューから挑戦を贈られたと受け取ったらしい。 特にやる事も思いつかなかっただけに、それでいいと言った適当な感覚が見受けられる。 そして、彼女に参加を求められたタバサも無言で首を縦に振る。 残りはルイズのみ、しかし、彼女はニューの提案を受け入れられる事は出来なかった。 (何考えているの?私を罠にかけようとしていない?) ルイズには、ニューの意図が読めないでいた。 また自分を謀るのか?――それを察したのか、ニューはやれやれと言った顔をする。 「別に、罠にかけようと言うのでは無い。 私の為に何かしてくれると言うのだ。たまには、そういった女の子みたいなところがあってもいいだろう?」 「女の子みたいの辺りが引っ掛かるんだけど?」 ルイズは、まだ何か納得行かないと言った眼でニューを見ている。 「気にするな、特に他意は無い。敢えて言えば、私達は女性に料理を作ってもらった事がないからね、 そう言った物に憧れの一つも持っているのだ」 何となく、ニューがそう言った事に縁がないのは理解できる。 そう思うと、ニューに何かしてやろうと言う気も起きなくはない。 少し寂しそうな顔で笑う顔を見てルイズは決めた。 「わかったわよ、アンタがそこまで言うのなら作ってやろうじゃないの、ご主人様の有難さが分かるような、とっても美味しいのを作ってやるんだから、待ってなさいよ!」 その言葉と共に、昼食の時間が終わりを告げる。 何となく、その場に居づらいのか、授業を理由にルイズは去っていく。 三人が席を立ち、シエスタとニュー達が残される。 彼女は遅いと思いながらも、動く事にした。 「ニューさん!何を言ってるんですか!?」 鏡は無いが自分の顔は蒼白かもしれない しかし、その顔を見ても、鏡の変わりのニューは何の変化も見せなかった。 「シエスタ、君の言いたい事は解っている……そして、大変な任務を、君にお願いしたい」 彼女の意図が解っているのか、ニューはシエスタを落ち着かせ席に着かせる。 「分かっているのならいいんですけど……何ですか、大変な任務って?」 自分の意図が解っているみたいだ、そう思い、シエスタは少し気持ちが落ち着いたのか、ニューの言葉を待つ。 大変な任務――おそらくそれは比喩では無いのだろう。 「実は……」 三人を見渡しながら、ニューは自分の考えを話し始めた。 数日後、感謝の日 生徒達がお茶の時間を迎え始めた頃、彼女達は表れた。 その様子は別段変る事は無かった。一つの皿を除いて。 「……待っていたわね」 少し疲労の色が見える表情でルイズがニューを指差す。 眼はいつもより大きく見開いており、いつ掴み掛かっても驚かない。 「……まるで決闘だな、で、どうなんだ、出来の方は?」 「最高よ!その一言で充分よ」 自分の目を貫くような鋭い目とは正反対に、ニューは落ち着きを払っていた。 (大変だったのだな……) 良く見ると彼女の指は包丁でつけたであろう傷と火傷をしており、他の二人も同様であった。 後で治そう。そう考えながら、その作品に目を移す。 「おっ、美味そうじゃん」 ニュー達が言おうと思った事をダブルゼータが代弁する。 作品自体はシンプルなフルーツのタルトであった。 カスタードクリームの上に、キウイとオレンジを乗っけた物であり、所々にミントが乗っている。 「……暑いから冷たいのにした」 タバサの言葉の通り、テーブルの上に置かれると、オレンジとミントの爽やかな匂いとひんやりとした冷気を顔に感じる。 「すごいな、初めてとは思えない」 「シエスタに手伝ってもらったのよ」 ゼータの呟きに、キュルケが答える。 三人の後ろに居るシエスタは何か気が重いのかうわの空で笑いを浮かべている。 八等分に切り分けられ、ニュー達の小皿に乗せられる。 「さぁ、食べて涙を流しなさい」 「ケーキ一つを食べる言葉とは思えんな」 かつて童話にあった貧乏な子供が、泣きながらケーキを食べるシーンを思い出しながら、 ルイズの言葉を受け、フォークをタルトに向ける。 ニュー達が口に運んだケーキを三人が我が子の様に見守っている。 (大丈夫よ、絶対美味しいんだから) 無言の時間が無限の様に感じられる。 一口目を終え、何かを言う前にニュー達はそれぞれの顔を見合わせる。 審判が下される。 「美味い!」 口調が違う三人の感想が同じなのも珍しい。 だが、それ程の大当たりであった。 「すごいな、ルイズ、本当に美味しい」 今まで見た中で、最も自分に敬意を持った視線を感じる。 「王都の一番のレストランとやらから取り寄せたんじゃないのか!?」 ともすれば失礼な発言だが、真っ先に食べ終えたダブルゼータらしい賛辞とも言える。 隣ではゼータが、二人と同様のリアクションを取っていた。 「美味い、タバサは料理の才能があるんじゃないか?」 初めて娘の手料理を食べた父親が言いそうな事をゼータが口にする。 タバサは何も言わないが、心なしか嬉しそうな顔をしている。 「ふん、私達が本気になればこんなものよ」 自身が大上段にでもいるかの振る舞いでルイズが自画自賛する。 それを見ながら、ニューは苦笑いを浮かべてそれを容認する。 その後、最後に余った一切れをルイズとダブルゼータとキュルケのジャンケン争いの途中に、 シルフィードが乱入して食べてしまい乱闘が起こる。 つまりはそれくらい好評であった。 ルイズは夜ふと目を覚ます。 本人は解らないが、時間はまだ夜の11時頃であった。 (そうか、疲れてすぐに寝ちゃったんだ) 初めての体験と言う事もあり、あの後、疲労から夕食も軽めに済ませ自身が寝てしまったのを思い出した。 暗い部屋をぼんやり見回すと、居る筈のニューが居ない事に気づく。 「あいつ、もしかして、まだ飲んでるの?」 今日の出来事が嬉しかったのか知らないが、ニュー達三人は厨房でシエスタと飲み会をやるらしい。 疲労もあり、それを認めてルイズはニューと食堂で別れた。 「さすがに遅いわよね、よっぽど嬉しかったのかしら」 困り顔と笑顔が混じったような顔のルイズが鏡に映る。 ――そろそろ迎えに行こう そう思い部屋を出た所で、タバサとキュルケが居る事に気づく。 「ニューも帰って来ないの」 その格好から、恐らく、迎えに行くであろうキュルケが声を掛ける ネグリジェの上に一枚だけの格好は室内をうろつくには少し問題に思える。 だが、そう言うのも億劫なのかルイズも無言で頷く。 「困った使い魔を持ったわね」 キュルケが苦笑いの表情をする。 言い返す必要はない、お互いの顔は多分同じだろう。 キュルケが起きたばかりの眠そうなタバサの手をつなぎ三人は厨房に向かった。 厨房はほのかな明かりと少数の気配に反して、声と笑い声が途絶える事は無かった。 入口の近くに来るとアルコールの匂いがはっきりと分かる。 「まったく、いつまで飲んでるのかしら」 そう呟き、厨房に入ろうとする。 だが、あと一歩で厨房に入る前に彼らの会話に自分やキュルケ達の名前が挙げられて足を止める。 「どうしたの?」 「私達の事を話しているみたいなの」 後ろに居たキュルケを、手で制止させ耳を澄ます。 声は、普段では聞かない位上機嫌なゼータの物であった。 「いや、さすがはアルガス一の策士だな」 ぶどう酒の入ったグラスを左手に持ち、ゼータが上機嫌ニューを讃える。 そのニューはシエスタに酌をして貰っている。 見ようによっては侍らせているという表現でも間違いはなかった。 「本当にそうですね、最初にケーキを作ってくれ何て言った時は、ニューさん達の国で使うとてつもなく口汚いスラングかと思いましたよ」 ニューに酌をしながら、酒で頬を赤くしたシエスタが上機嫌で言う。 「しかし、これもシエスタ先生が居たからこそできた作戦だよ」 酌をされた酒を飲みほし、ニューは愉悦に浸っている。 「まぁ、あの三人に作らせたら、食べるどころか近づく事も出来ない様な代物になるだろうな」 酒が完全に入った状態で笑いながらダブルゼータが同調する。 「けど、酷かったですよ、味も確かめずに塩と砂糖を間違えるわ、クリームを飛び散らして壁を汚すわ、 火の魔法で焼こうとして竈を壊そうとするし、後片付けの事を考えると憂鬱の一言を超越しちゃいますよ」 シエスタはその時の様子を思い出しながら、溜息をつく。 良く見ると、部屋の中にはつい先程掃除したような清潔感があるが、所々に焦げた跡と何かが張り付いたような染みが少し残っていた。 実際、お菓子作りの後シエスタは後片付けで仲間に大きな貸しを作っていた。 「すまないな、けど、こうやっておだててやらないとルイズがへそを曲げるからな」 酒をあおり、シエスタに感謝の気持ちを述べる。 「だから、今日は『アルガス騎士団とシエスタ 日頃ルイズ達のお世話お疲れ様飲み会』を開いたんじゃないか」 壁の上にはニュー達の言葉で先の言葉が書かれたであろう紙がはられていた。 大皿が置かれたつまみは殆ど無くなっており、飲み会の盛況を表している。 「けど、ニューさんの演技凄く良かったですよ 『そう言った物に憧れの一つも持っているのだ』の辺りは本当に信じちゃいましたよ」 シエスタがニューの真似をする。 その言葉は確かにルイズを動かした。 「別に嘘ではないさ、私はずっと騎士として生きて来たからね、年頃の女生と余り接点は無いのはホントだよ、もっとも、ルイズの子守りを世話するくらいなら、騎士の従者の方が十倍は楽だね」 その言葉に嘘はない。 ニューは騎士、つまり、男社会で育ってきた。訓練と遠征に明け暮れ、ルイズくらいの年の頃を余り女性と接す機会は無かった。 そして、ルイズの子守りは、ニューの世話した騎士が厳格な人物である事を差し引いても、 ずっと楽に感じられた。 「だいたい、本人が貴族の威厳を持ったつもり何でしょうけど、あれでは滑稽ですよ。 観客がいたら笑う所ですよね」 日頃から思う所があるのか、シエスタは笑いながら居ないルイズを詰る。 ニューは二人に目を向ける。 「しかし、お前達はいいよな、キュルケは何だかんだいって優しいし、タバサは特に厳しい事も言わないし、ゼータ、お前贅沢だぞ!」 二人を交互に指をさしながら絡む。 しかし、その言葉にゼータは不服を示す。 「そんな事を言うがな、俺だって不満はあるんだぞ、せっかく俺を召喚したと言うのに何もしようとしないし、何考えているのか解らないし、 普段もコミュニケーションを取ろうともしない。何考えているのか分からないし、 後、たまに変な物を食べさせるのも困っている。コミュニケーションのつもりなんだろうが、あれでは虐待だ!俺はもっと普通に主と従者で居たいのに……」 一人称が普段と違うゼータが最後の方は泣きの入った声をあげる。 どうやら、泣き上戸の素質があるみたいであった。 この間食べさせられた、ムラサキヨモギのサラダの味を思い出す。 最初、彼女を怒らせたのかと勘繰った程だ。 それを一通り見た後、泣きだしたゼータに飽きたのか、ニューはダブルゼータに絡む。 「ダブルゼータ、お前はどうなんだ、キュルケに対する不満はないのか?」 しかし、反応は鈍い。よく見ると目を細めている。 「……はぇ……キュルケの奴、この間、男に太ったなって言われていたな。 後、この間、男に色目使ったけど逃げられてたな」 明かりの無い所で、体を硬直させるわずかな音が聞こえたが、中の者は誰一人として気付かなかった。 シエスタがそれぞれの主に対する感想を聞いて、より一層笑いだす。 「あははっ、やっぱ皆さん大変ですね、では、大変な皆さんにお姉さんからプレゼントですよ」 そう言って、嬉しそうに物陰からある物を取り出す。 どうやら、余程プレゼントとやらに自信があるみたいだ。 「じゃーん」 「こっ、これは!」 酔いが醒めるかのように、目を見開きプレゼントを見やる。 シエスタの確信したように、やはり三人は驚いた。 しかし、外に居るルイズ達は、さほど驚かなかった。 なぜなら、それは口にはしないが、比較的見慣れたものであった。 「スッ、スイカ!」 ハルケギニアでも、ポピュラーでは無いが庶民の果物、緑色と黒のコントラストが眩しい 直径20サント程のスイカであった。 「ニューさん達が、スイカを欲しいと言っていたのを思い出して、マルトーさんに頼んでもらったんです」 そう言って、宴会場の中心にスイカを置く。樽の中に冷たい水で冷やしていたのか、表面を触るとひんやりとした感覚が三人の手を冷やす。 「でかした、シエスタ!よし、早速祝いのスイカ割りだ!」 「もはや、勝ったも同然!」 「スイカ割り、スイカ割り、俺の勝ち!」 ニューがどこからか取り出した白いハンカチで自分の目を隠し、 シエスタが戸棚にあった、肉を切る為の牛刀を取り出し手渡す。 ゼータは何故か持って来ていたギターでどこか懐かしいメロディを奏で出す。 「ニューさん、右ですよ、ああっ、違う今度は左」 「スイカ割り、スイカ割り、もう一つおまけにスイカ割り」 指示を出すシエスタと眠気が飛んだダブルゼータが、頻りに合いの手を入れステレオとなった音があたりに響く。 盛り上がる場の空気に押されるかの様に、ニューはスイカの元に近づいて行く。 そして、それは起こった。 「スイカ割り、スイカ割り、温室スイカもあるじゃない!」 ニューの掛け声と共に、閃光が縦に走る。そして、スイカは財宝の様な赤い輝きを露わにする。 剣の扱いが下手なニューとは思えない、見事な一撃であった。 手ごたえがあったのか、嬉しそうに目隠しを取り、成果を確認する。 「おおっ、久方ぶりとは思えない出来、これはいい事が起こる予感!」 自画自賛しながら、切り口に目を輝かせる。 宴が終わる雰囲気はまだ無かった。 「ふーん、私の子守りって、騎士の従者の十倍は大変なんだ……これは、もっと労わってあげないとね……私、本格的にお菓子作り始めようかしら」 ルイズの笑顔は優しかった。 「……ムラサキヨモギはおいしい、もっと知ってもらいたい」 タバサの顔は寂しそうであった。 「ダブルゼータって本当に良くできた使い魔だわ、ちゃんとお店に連れて行かなくっちゃ」 キュルケの微笑みは聖母か慈母の様な包容力を見せる。 顔を合わせず、それぞれは部屋に戻った。 その言葉と共に、明かりのある部屋以外、辺りは音のない闇に包まれることになる。 「ギーシュ、テメェしっかりしやがれ!」 ギーシュ&傭兵D(ダリー)ガンダム セカンド 凸凹コンビだが、いざと言う時は相性抜群 Extra 「モンモランシー、ご命令を」 モンモランシー&武者頑第刃(ガンダイバー) 水の力でサポートする Extra 前ページ次ページゼロの騎士団